第三章:栄光の下の影

(強国ニッポン ―極右支配の未来―)


「経済は回復した。株価も上がり、失業率は過去最低。

世界は今、“日本の奇跡”と呼んでいる」


だが、誰も問わない。

その“奇跡”が、どれほどの犠牲の上に築かれたのかを。


――


2032年、日本は表向き、かつてない“繁栄”を謳歌していた。

GDPは再び世界第3位に返り咲き、国内では大型開発が相次ぎ、

海外資本は日本を“政治リスクの低い国”として高く評価した。


首都圏では、再開発された街並みが光を放ち、

AI運用の完全無人地下鉄が1分単位で都市を貫いていた。

海外の富裕層も次々と移住し、「高度帰化制度」の導入によって、

「国家に貢献する外国人」が選別的に受け入れられていた。


国誠党の支持率は、80%を超えていた。


――


だが、東京湾の埋め立て地のさらに奥――

旧・臨海工業区域には、統計に現れない“もうひとつの都市”があった。


そこは「特別労働区」と呼ばれ、行政上の住所すら存在しない。

住民の多くは、身元確認が困難な労働者、国外退去命令を逃れた難民、

元受刑者、そして“再社会化対象者”と呼ばれる人々だった。


メディアは、こう説明していた。


「特殊な環境での雇用機会創出のための区域」

「過去に問題を起こした者に、再挑戦の場を提供する社会的取り組み」


しかし、実態は違った。

そこは「制度の外に置かれた人間たち」を、

法の届かない空間で従属させる“経済の影”だった。


――


白川瞬は、地下ネットワークから得た情報を頼りに、その区域へ足を踏み入れた。


無数の貨物コンテナをつなぎ合わせた粗末な“住居”。

水はタンク車で配給され、電気は不定期。

それでも、そこには人が暮らしていた。


彼が出会ったのは、20代の青年・リュウ。

かつて外国人技能実習生として来日し、暴力を受けて逃亡。

不法滞在者となり、国誠党政権下で成立した「滞在是正措置法」によって、

“特殊労働義務”を課されていた。


「もう、何年働いてるかもわかんねぇよ。

でも逃げらんねえ。ここから出たら、俺、“国民じゃない”から」


リュウの手首には、政府発行の「移行識別番号」が刻まれていた。


――


政府が発表する“完全雇用”の数字には、

この区域の労働者は含まれていない。


だが、巨大物流倉庫の24時間稼働、AI工場の清掃保守、

データセンターの地下保全など――

彼らが担う“見えないインフラ”が、都市の美しさを支えていた。


――


その事実を記事にした白川は、すぐに検挙された。


罪状は、「国家信用毀損罪」。

2028年に制定されたこの新法は、

「国家の国際的信用を損ねる情報を発信した者」を罰するものだった。


彼は起訴こそされなかったが、社会的に“削除”された。

ジャーナリストの認可は剥奪され、SNSは封鎖。

銀行口座は停止され、通信契約も解除された。


以後、彼の名は検索しても表示されない。


「法に触れたわけじゃない。でも、生きていけない」


それでも彼は、名前を変え、地下で真実を書き続けている。


――


同じ頃、結城真帆のもとに一通の封書が届いた。

中には、子どもたちが描いた絵と、リュウが書いた短い手紙が入っていた。


先生


ここには、名前も国籍もない子どもたちがいます。

でも、学びたいと言っています。


あなたがくれた本のコピー、

今、毎晩読んでいます。


暗闇の中に光を持ってくるのが、

「知る」ってことなんですね。


ありがとうございます。


――


経済が繁栄すれば、すべてがうまくいく。

それが、国誠党の掲げる“現実主義”だった。


だが、真帆も白川も知っていた。


真実を覆い隠して築かれた繁栄は、

いつか、その影に押しつぶされる。

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