第3話 御前試合です

  やって参りました〜御前試合当日。


 場所は何処かの現世の緑地。専門の妖術師達が人払の結界を張っているので、関係者以外此処には存在しない。


 関係者も少ない。

 天狗側はジィジと麦穂。あと阿保親父の側近だという、時々見かけるお爺ちゃん。

 審判を務める王族━━鬼の一族のお姫様。

 お面を付けているから顔は分からないけど、サイズが小さい。年齢、私と同じくらいだと思う。そしてその子の侍女1名と、護衛と思われる数人の男女。

 狐が一番多いな。中学生くらいの背丈の男子とその両親。あと親戚らしき大人数名と、各々の侍女や護衛数名。もふもふした尻尾が何本もある。触ってみたい。


「これはどういう事だ?」


 そう切り出したのは狐の男の人。多分、私が戦う相手の父親だ。


「鞍馬夜凪はどうした?」


 その疑問はご尤もです。

 この場にいる全員、鬼か狐か天狗のお面を付けているので表情は分かんないけど、父親狐の声は完全に怒ってる。


「学校だとよ」


 飄々と応えたのはジィジだ。お気に入りの黒い扇子をパタパタさせている。


「良し分かった。嘗めているんだな」

「抑も、アレは御前試合の事すら聞かされておらんよ」


 そうだったの!?


「アレは此方の世界と縁切りしたがっていやがる。そんなモン此処で闘わせたら、喜んでワザと負けるさ。だがソレは、うちの一族としちゃぁ業腹なのよ」


 あー……ジィジが今回の話を即行で蹴らなかったのって、そういう理由だったのか。

 狐と天狗の確執とは関係無く、ジィジは負けず嫌いだ。王族の目の前で無様な姿を晒す奴の身内になんて、なりたくないに決まっている。


「それで幼児に殺し合いをさせるのか? 天狗は何処までも邪道だな!」

「『殺し合い』ねぇ? せめてそうなりゃ良いが」


 ニヤリとした口元をジィジは扇子で隠す。

 どう言う事だろうか?


「姫様」

「麦穂?」


 ずっと私たちの後ろに控えていた彼女が、真剣な眼差しを向けてきたので、思わず身構える。


「なるべく、なるっっべく! 優しくして差し上げるのですよ」


 麦穂も何を言い出すんだろうか??


「おい、何時まで妾は待てば良いのじゃ?」


 その声は、決して大きくは無い。寧ろ小さいくらいだった。けれども何かしらの術も声に乗せたのか、この場の全員を威圧した。

 と言っても、私とジィジはなんかビビッと精神に干渉した瞬間に術を振り払ったけどな。蚊に刺されたかと思った。


 鬼の姫様、意外と小賢しい事するな。


「始めよ。妾は無駄に囀る鳥も、唸る犬も嫌いじゃ」


 小さな手には、巻き物があった。しゅるりと紐を解くと、花の香りが広がり、ほんの数秒間だけ霧が立ち込める。

 そうして気付いた時には、対戦相手の狐と私だけが、ポツンと取り残されていた。


「おい餓鬼」

「ん?」

「俺は弱ェ奴が嫌いだ」


 いきなりどうしたこの狐さん?

 とりあえず次の言葉を待ってみる。


「だから殺す」

「んん?」

「その小せぇ頭じゃ理解できねェか。俺は目に入った弱っちぃ奴は全員殺すって決めてんだよ。子ども年寄り赤ん坊、関係無くな」


 ぶっ壊れてる殺戮マシーンすんごい馬鹿かな??


「……んと、つよいヒトは?」


 ツッコミ所過多な発言に、困惑しながらも一つ聞いてみた。


「あ? 強者は戦うのに必須だろうが。狐の領地もテメェ等のとこと同じで、結界が緩いかんな」


 …………アッ、把握。


 私はふわりと、優しく風を撫でた。


 刹那、吹っ飛ぶ肉に飛び散る血飛沫。断末魔の叫び声。ヒュ〜♪


「な゛ッ……な゛に゛が、起ぎ━━あグァ!?」


 妖は人間より遥かに頑丈だ。

 前世が人間だった感覚のせいで私も初めて腕が無くなった時は驚いたけどね、慌てず対処すれば欠損部分もちゃんと生えるんだよ。

 だから妖は、手足を失ったくらいでは死なない。


 つまり、ノープロブレム!


 現に狐さんも、四肢や尾を吹っ飛ばして達磨にしてみたのだが、ちょっとずつ回復していっている。……何でか私より遅いけど。


 でもそうあっさり戻られては吹っ飛ばした意味が無い。

 だから中途半端に治ってる所に、その辺に散ってた適当な肉をくっ付けた。

 こうすると、妖の体は0から肉体を作るのを止め、その肉をくっ付けて欠損部を補おうとする。しかしソレを元のパーツに変えたりはしない。だから肘の先に尾の先端をつけたら……腕が中途半端な触手怪人みたいになった。

 あう……気持ち悪い。


「で、デメ゛ェ……ッ」


 もういっちょ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァァ━━━━」


 いつの間にか狐さんの面が取れていた。

 すんごい顔。親の仇でも見るような、殺意が破茶滅茶に高い目をしている。

 本来の位置に無いもんね、そのパーツ。つまり狐さんは今、激痛に苛まれている。


「許ざね゛ェッ、絶対、絶対に゛……殺じでやるッ」


 強気な発言をしている狐さんだが、その体は地べたと仲良くくっ付いている。


「俺は、テ゛メェより゛強い゛ん゛だッ。どんなペテンを使っだが知らねェが、お前は、俺が知る中でも゛一番辛い死に方を゛させでやる!」

「いや、むりむり」


 首を横にふるふるする。


「あなた、クッッッソ弱いもん」


 ほら、現に今語っている。

 頭の中じゃ私を今すぐにタコ殴りにしたいんだろうに。体が動かない。


 さっきの馬鹿げた言い分に、すぐに私は把握した。


 この狐はビビリだ。ビビリ事態は慎重という側面が本来あるので悪い事では無いが、コイツはその側面すらも潰している━━糞の役にも立たないタイプだ。


 弱者が嫌いだから殺すんじゃ無い。弱っちいから弱者しか痛めつけられないのだ。強者に手を出さないのは、領地のためなんかじゃ無い。敵わないから隅でプルプル震えているのだ。


「 よ わ い ? 」


 まるで、初めて聞いた単語のように繰り返す狐さんの、周囲の空気がピリついた。


 ━━何か来る。


 実践経験から、体はそう判断するより先に動いてくれた。

 髪と同じ、艶やかに光る夜色の翼が広がって、後方に退避する。


 今の今まで私がいた場所を含め、狐さんを包むように青白い炎の塊が、そこに出来上がっていた。

 天狗は霊力で神通力を扱う事に長けているが、狐は妖力で呪術を扱う事に長けていると聞く。

 そう、聞いただけ。だから呪術を実際に見たのはコレが初めてだ。思っていたより禍々しい感じはしない。でもあの炎、多分触ったら一瞬で死んだだろうな。熱くは無さそうだけれど、瞬間的に全身に燃え広がって、骨まで溶かそうという強い意志が感じられる。


 試しに足元の小石を拾って投げてみた。


「ひょぇ」


 ジュッて燃えた……ヤバ。

 小さなお手てを思わず口元に当てる。

 狐さん、無駄口叩かずコレを初手でぶつけて来たら良かったのに。


 炎が次第に小さくなっていく。と、蓮の花のような造形で、狐さんを中心に炎は広がった。

 中の狐さんは立ち上がっていた。散らばっていたはずの足が元に戻っていて、尾をくっ付けた腕も最初の状態になっている。一回燃やして再度生やしたのね。


「餓鬼……手加減も何もしてやらねェぞ。手脚を捥いで、血を全部抜いて、串刺しにしてやる」


 狐さんの手から、細く長く、炎が伸びる。

 ソレは一瞬で、一振りの太刀に変化した。ソレ良いな、格好良い。


「死に晒せェエエエエ!!」


 はぁ……折角格好良いのに……。


「もちぬしがねぇ、ざんねんすぎ」


 羽根を一本抜く。柔らかなソレは、水晶の針に変化する。

 因みに今回は針に変化させたけど、他の形にも出来る。


 私はその針をただ飛ばした。

 真正面から突っ込んでくる対象はトロいのだ。外す訳が無い。


 針が眉間を優に通り越し、脳を貫通して消えた。後ろで弾けて粒子になるから、回収する必要はない。


 滑るように地面に崩れ落ちる亡骸を、ほんのちょっと体をずらして躱す。

 ペシャンコなっちゃうのはだし。


 あの甘い花の香りが再び鼻腔をくすぐった。


 同時に、元居た観衆の姿が顕になる。

 わぁー、表情が綺麗に3分割してる。

 にっこり組の天狗、引き攣ってる鬼、憎しみMAXの……いや、よく見たら母親狐だけだな、後は単純に負けて落ち込んでるようだ。


 こうして、私の初の御前試合は幕を閉じたのだった。

 ……これは、ジィジにご褒美お願いしちゃうしかないな。

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