第2話 成長します

『碧空は今日も』とは、私がまだ学生だった頃、短期ではあったが爆発的に流行った少年漫画だ。

 正直、ストーリーは個人的に今一だった。才能に恵まれた天狗の少年が、人として平和に暮らすべく次から次にやって来る厄介な妖怪達を、ほぼ腕力で黙らせる和風ファンタジーバトルラブコメ。まぁ在り来たりなヤツですね。コレが何故大ヒットしたか、ぶっちゃけ絵が滅茶苦茶良かったのだ。どのページにも必ず、大半の人間に刺さるイケメンか美少女が居る。正に目の保養。しかも作者さんが二次創作に『良いぞもっとやれ!』という推奨派だった為、そりゃぁ皆創作活動が捗った。


 そんな世界なら別に転生しても問題無いのではって?


 最近の少年漫画の主要キャラ死亡率のエグさ、ご存知の方は大勢居らっしゃる筈だ。

 この作品もソレだ。作者さん血も涙も無いです。


 特にヤバいのは最終章。此処で起きるのは、妖と人間の戦争だ。つまり、モブなんて超死ぬ。サクっと死ぬ。


 だから私こと原作には存在しない主人公の妹、七夜月ちゃんなんぞは、どうなるか? オリキャラなんて、何もしなければモブ以下の位置だと思うんです。というか、妖界隈は腕力で色々解決してなんぼみたいな悪しき風習が未だに色濃い。つまり何もしなかったら絶対死ぬ。


おぎゃああああああ嫌ぁぁああ!!」

「姫様! おしめですか!?」


 あー、赤ちゃん補正でデカい声が全て泣き声に変換される体が憎い。勢いのせいで、ちょっと本当にチビったし。


「はぁい、綺麗になりましたよ〜」


 ぐすん、有難う。

 今私のおしめを変えてくれたのは、私と一緒に祖父に連れられて来た侍女の麦穂むぎほだ。茶髪の美人である。


「さぁ姫様、お昼寝しましょうね。いっぱい寝て、元気にお育ちになるのが、今の姫様のお仕事ですよ」


 トントン、と。お腹の上から優しい音がする。

 むぅ、早く大きくなりたい。コレをされたら考えたい事が沢山あるのに、私は眠くなってしまうからだ。

 窓から吹き込む風も……気持ち良いし……むにゃ。

 ……は! 結論出てた!


「ぷあ!」

「姫様??」


 そうだ。何もしなければ死ぬなら、何かすれば良いのだ。幸い私は天狗だ。なら普通の人間より丈夫だし、神通力だって使える!

 というかこの作品、強くなるくらいしか原作に抗う術が無い。

 と言うのも、領地の経営難とか、家族の事故死とかなら頭使って回避出来るんだけど……あの漫画、事件に発展する伏線が凄く曖昧で「そんな設定あった?」「え、何でこの子死んだの?」というのが多かったのだ。絵はねぇ、神だったんだけどねぇ。

 兎に角、方針は決まった。原作開始までにめちゃ強になるぞー! 

 おー!


「寝なさい」


 ……あい。




 ━━━━4年後。




「では姫様、試験です」

「あい!」


 問1.世界は三つに分かれている。各々の名前を答え、また天狗が属する世界を答えよ。


 答え( 常世、現世、異界)

 答え(常世、現世)


 問2.日本で共存している3種族を答えよ。


 答え( 人族、精霊族、妖族 )


 問3.問2の種族名を2つ以上用いて、天狗とは何か答えよ。


 答え

(妖に属する有翼種。神通力が使え、必要に応じて翼を出す。人族と外見は同じ。現頭領はカス。)


 問4.天狗の大事な仕事は何か答えよ。

(魔族ブチ殺すべし。)


「…………」←無表情

「…………」←ドキドキ

「…………」←ニコッ

「!」

「100点満点! 花丸でーす!」

「やったー!」


 先生に花丸をもらった私は勢いのまま部屋を出て行こうとした。

 そう、実際は出ていけなかった。


「姫様、お館様がお呼びです」

「えー? ジィジとは、昨日あそんであげたよ?」


 人の味を覚えてしまった魔物達の首をひたすら撥ね飛ばす遊びを。


「頭領が妙な動きを最近しているようでして、ソレ関連かと」

「すてたくせに、ちちおや面ウザッ!」

「激しく同意です」


 頬を膨らませながら、祖父ジィジの部屋に向かう。


 人と妖、精霊が共存している日本。と言っても、それは天狗の勝手な認識だったりする。基本的に普通の大半の人間とは持ちつ持たれつという感じだが、残り少数━━陰陽師や神職の人間とは、何気にバチバチしてる。精霊はそもそも言葉を交わせないので、どう思っているのか不明。

 そんな歪な世界の、常世では高い地位にある天狗の長の娘として生を受けた私は、理由は不明だが、生まれてすぐ落伍者扱いされた。そうして常世最南東の領地で暮らす祖父、彩雲さいうんの元で絶賛すくすく育てられているところである。


 南東領━━初雷はつらいは、魔族や魔物達が住む異界と、常世を断絶する結界が薄い。そのため、気候も穏やかで実りは豊かだが、他領に比べて争いが多い。


 そのおかげで、座学だけで無く神通力の修行もメキメキ捗っていて、その内人間との戦争に巻き込まれるだろう私としては、非常に都合が良い生活環境なのだが、


「阿保息子が、どうやらお前さんを現世に呼び戻したいらしい。一時的ににだがな」


 今、その生活が脅かされている。


「やだ」

「だろうなぁ」


 祖父の部屋で、もちもちと大福を頬張りながらハッキリ主張する。


「でも理由がなぁ……」

「なに?」

「御前試合に出よとの事だ」

「いみふ」


 御前試合。

 妖の名家同士が、話し合いではどうしようも無く、血を流さなければならないほど揉めた時か、暇を持て余した王族の道楽で開催される戦いである。

 後者であれば、死人は出ないが、前者だとマジで、どっちか死ぬまでやらないといけない。


「今回はマジの決闘だ」


 前者かよ……。


「はー? どこともめたの?」

「狐とらしい」


 あぁ、ソレは口喧嘩で終わらない。

 狐と天狗は、この世界では水と油。敵同士である。大昔に女を巡って揉めたのが原因だ。当人達はとっくの昔に死んでいるのだが、今も子々孫々にその敵対心の種を植え付けている。

 尚、ジイジは狐など完全スルー派だし、私も思うところは無いどころか、寧ろモフモフの尻尾とケモ耳に好感を抱いているのだが、あの父親は私の曽祖母に色々吹き込まれて『狐憎し』となったらしい。


 しかし、だからこそ何方の一族も気をつけていた筈だ。


 マジの決闘は合法的に相手を殺せるが、代わりに武力以外で物事を解決出来ない馬鹿のレッテルも貼られる。

 狐と天狗は挨拶程度ならまだしも、話し合いレベルでもう火花がバチバチ行き交う。故に社交の場に出れば、何方の一族も極力関わらない筈なのに……何で今回揉めたの??


「夜凪がな……次の頭領になるのを嫌がっているという噂を聞きつけた狐の若いのが、現世の会合で炎上させちまったらしい」


 あれー? もうそんな時期?


 私は次の大福に手を伸ばしながら、『碧空は今日も』の原作を思い返した。


 主人公、鞍馬夜凪は神童と持て囃され、最初は天狗の頭領となる未来に何も疑問を抱いていなかった。しかし現世で人の子に混ざって学校に通うようになると、妖とは価値観の異なる広い世界にも目が行く。

 寧ろ、天狗としての暮らしを煩わしく思うだろう。兄は常世との行き来もしていないし。今は中学に入ったところ。原作は高一からだから……うん、人間として普通に生きたい願望抱いてるな。


「そんで、兄ちゃんのケツふけと?」

「あの阿保は、夜凪を死なせん為なら何でもするからなぁ」


 この件……兄ちゃん的にはどうなんだろう?

 実は私は、まだ兄ちゃんと一回も会って喋った事が無い。阿保親父が兄ちゃんを常世に来させないし、私もあまり現世に行かないからだ。

 故に、兄ちゃんの人柄は漫画の知識でしか無い。もし漫画通りだった場合、バチ切れるだろうなぁ。責任感強いから。


「てかこれ、私うけたら天狗はこのさき末代までわらいものでは?」


 12歳男子の買ったケンカ、4歳女児が後始末するって、死ぬほど恥ずかしい話でしょうよ。良いのか鞍馬本家? 分家連中がこぞって突いてくるぞ。


「はっはっは! 面白い事を言うな。魔物300体の首を一瞬で狩れる天狗が代表で出るのに、恥ずかしい事あるもんかい」

「ジィジは600も狩った。300なんてフツーじゃん」

「そうだなぁ、ククッ……普通・・だなぁ」


 えっ、何その含みのある言い方。もしかして私ってば井の中の蛙? 300は少ない方!?


「……もっと特訓する」

「おー、しろしろぉ。ただ大福は頬張ったまま歩くな」

「んー!」 ←頬を突かれる。


ちぇっ、長く味わおうと思ってた一口。

なんでバレたんだろ?

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