第3話 待つ男、立つ男達
木戸孝允は、書斎で手紙を握りしめたまま、行ったり来たりを繰り返していた。
その足音は、普段の冷静沈着な木戸からは想像もつかないほど、落ち着きのないものだった。
「 会うとは言ったが、本当にこれでよかったのか…。何を、話せばよいのだ? 」
新政府の重鎮として、彼は時代の最先端を走っている。
断髪令、廃刀令、文明開化…。
すべては新しい日本のためと信じ、突き進んできた道だ。
だが、かつての同志である彼ら、特に晋作と龍馬は、その道の先にいる自分を、どう見るだろうか。
「…ぶっ飛ばされはしないだろうな」
木戸の脳裏に、暴れん坊の晋作の顔が浮かぶ。
晋作は、特に口より先に手が出るような男だ。
そこに龍馬が加わっているから、予測もつかない。
まるで、四境戦争時の、長州を憂いた頃と様子が、似ているではないか。
「『新しい世だからと、昔の刀を捨てたのか!』などと言って、木刀の一本でも振り回されたら…」
そんな想像をしただけで、背筋が寒くなった。
思えば、同じ長州藩から出てその後輩に当たる、井上馨や山縣有朋は、こういう時荒波の頃も、腹が据わっていた。
彼らは維新という嵐を生き抜き、新しい時代でも、その剛毅さを少しも失っていないように見え、その辣腕を今や発揮しているのだ。
「いや、違う。ああはなりたくない…」
木戸は、自分に言い聞かせるように、頭を振った。
彼らのような剛腕で事を進めるのが、本当に正しい道なのか。
木戸は、どこかで、彼らとは違うやり方があるはずだと信じていた。
その日の夕刻、木戸の屋敷の門前に、二つの影が現れた。
一人は、真新しい洋装に身を包んだ、背の高い男。
もう一人は、質素な和装だが、どこか威厳を感じさせる男だ。
門番が不審そうな顔で、二人を睨む。
「お前さんたちは何者だ。いきなり押しかけてくるとは、無礼であろうが」
すると、洋装の男が、にこやかに答えた。
「これはこれは、ご挨拶じゃ。わしは、谷和一と申します。そして、こっちは才谷梅太郎さん。実は、木戸様にお会いしたく参ったのじゃが」
門番は、その名に聞き覚えがなかったが、才谷という名に、どこか見覚えのあるような気がした。
「木戸様は、今お忙しい。お引き取りくだされ」
門番が、そう言って二人の行く手を阻もうとした、その時だった。
「待て」
屋敷の中から、声が聞こえてきた。
木戸だった。
書斎で落ち着きなくソワソワしていた男とは、別人のように、堂々とした佇まいだ。
「通しなさい。二人とも、ここへ」
木戸は門番に命じ、ゆっくりと二人の方へ歩み寄る。
「ご無沙汰しておりますな、晋作…いや、谷和一殿。そして…」
木戸の視線が、才谷梅太郎に向けられる。
梅太郎は、ゆっくりと頭を下げた。
「お久しぶりでございます、木戸様…いや、桂様」
「桂、はもういい。木戸と呼んでくれ」
三人の視線が交錯する。
「刀を捨てた男達」と、「新しい世に馴染もうとする二人」。
新しい時代の東京で、かつての同志たちが、今、再会した。
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