第4話 呪いはあるのだ! 2


 怜と結奈は衣笠山公園の用具小屋の前に立っていた。

 淡い水色のワンピースと、黒いブランドティーシャツに白いミニスカート。

 百四十センチに満たない怜と、百五十センチに近い結奈が並ぶと姉妹にも見える。


「ね、雨降りそうだよ怜。早く帰らないとアイス寄れなくなっちゃうじゃん。」

「んー、…あ、ここから。」


 この六畳間ほどの用具入れは、現在は黄色と黒色のテープでグルグルに巻かれ立ち入り禁止になっている。

 怜が用具入れの戸を横に引いてみるとスーッと静かに動いた。


「え、聞いてるの?」

「ねえ結奈、この下のところからなら入れそうじゃない?」

「え? んー、そうだね。ここだけテープ切っちゃおうか?」


 結奈はいつも通り怜のペースに乗せられていく。結奈にとってもそれは心地の良いものであった。


「うん。切っちゃおう。」


 怜は肩から掛けたベージュのトートバッグから鋏(はさみ)を取り出す。

 少しの躊躇(ちゅうちょ)もなくテープに当てると、ピンと張っていたテープが弾ける。


「よし、入ろ。」


 結奈は少し明るいそのロングヘアを束ねると、怜の後を追い用具小屋の中へ入って行く。

 戸を閉めると外の音が遮断されることで、中の様子に注意が向く。意外にも中は綺麗に片付けられていた。


「え、何か綺麗じゃない? 何も見つからないよこれ。早くアイス行こ?」

「いいのよ手がかりなんて。適当なもので作るし。暇潰しの遊びなんだから。」


 春先から発生している連続殺人事件、三月に殺された最初の被害者の遺体はこの用具小屋から発見された。

 死後三日で、死因は失血死。腹を十一か所、胸を十か所刺されていた。

 被害者は横須賀市の二十四歳の会社員女性で、被害に遭った日は日曜日で休日だった。

 最後の目撃情報はこの衣笠山公園のトイレで、被害女性はその時ひとりであったが特に変わった様子はなかったらしい。

 怨恨の線で調べられたが、被害者には深い関係の異性は居らず行きずりの犯行で操作が進められた。

 しかし性的暴行や抵抗の痕跡がない他、不審な点は死後に付けられたであろう左肩の十字傷だけであったため、やはり知人など怨恨の線ではと二転三転し、捜査は難航、ひとりの容疑者も浮かぶことなく、翌月ふたり目の被害者が発見されることとなった。

 ふたり目の被害者は四月、横須賀しょうぶ園の男子トイレで発見された。

 数十か所の刺し傷、左肩の十字傷など、遺体の状況が三月の被害者と似ていることから、同じ犯人による連続殺人であると断定された。


「人が殺されたことを遊びに使うとか、呪われるよ?」


 結奈は怜のショートボブの涼し気な襟元に問う。

 

「神仏(しんぶつ)にお伺いをたてて? 不謹慎な私たちを呪う? 誰が?」

「私たちっていうか、怜だけ。」

「結奈、超常現象と言われるほとんどのことは超常現象であって魔法ではないでしょ。」

「三次元しか理解することができなければ、超常現象は魔法と同じだよ。」

「はいはい。まあ結奈の理解は正しいと思うけどね。」

「これが三次元、これが四次元、という定義付け自体が不毛な議論。不毛だよ不毛。世の中そんなに綺麗に分かれていないわけでしょ。」

「うん。だから私達は呪われない。」

「いや、それは違うよ。呪われるよ絶対。怜だけ。」

「それは結奈の希望でしょ。いい? もし全知全能の存在が、それぞれひとりずつのお願いを聞いていたら世の中こうなる? 何かにお願いしたら私の母親の暴力とヒステリーは無くなるの?」


 怜の母親は癇癪(かんしゃく)持ちで虐待癖がある。

 父親は十年前の事故で他界しており、今の父親は母親の再婚相手、神奈川県の県議である三浦一郎という男だった。

 父親が県議であるため、怜は痣や傷が出来ると学校へは行かせてもらえず、そういう日は自室に籠ることしか出来なかった。

 しかし怜にしてみれば、それはそれで自由に出来る時間が増えただけだと特に何とも思っていなかった。


「怜、お母さんの暴力は治らないし、リビングの壁の穴も増え続けると思うよ。」


 結奈は怜の前に立つと大きく右手を天に掲げる。


「でも、神の力による呪いはあるのだ!」

「…。はいはいよかったね。さ、調査を続けるよ。」

「…はーい。」


 結奈はわざとらしく唇を尖らせて返事をすると右手を静かに降ろした。

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