第6話「8年前の画面の向こうへ」

リクの決勝の相手は、帝王高校。

あの日、コウちゃんとリビングで並んで観た試合

YouTubeの中で、何度も再生した“最強の相手”。


その校名が場内アナウンスで呼ばれたとき、

リクの心に蘇ったのは、あの夜だった。


「見て、リク。あのプレスやばくない?」

「ほんとだ、5人で囲んでる!」

「帝王って、ここまでやるんだよな。すげぇよな…」


リクは幼かった。

けれど、あのとき確かに思った。


「いつか、このチームと戦ってみたい」


まさかそれが、本当に現実になるとは思っていなかった。


スタンドの片側には、ミナミ。

あの頃と変わらない小さな拍手で、祈るようにリクを見ている。


そしてもう一方。

反対側の、少し離れた観客席。


冬のコートの襟を立て、静かに手を組む男、コウちゃん。


リクはピッチの上で、ふと視線をあげた。

遠くのスタンドに、見慣れた姿があった。


顔はよく見えない。

でも、なぜかすぐに分かった。


「あ、来てくれてる」


声をかけることはできない。

でも、その“存在”だけで、心が支えられる気がした。



試合は、帝王の猛攻に耐える展開。

全国トップのプレス、速さ、フィジカル、すべてが圧倒的だった。


でもリクは、逃げなかった。


後半37分。

中盤でボールを拾ったリクは、ひとつフェイントを入れて前を向く。


まるで、YouTubeで見た14番のように。

8年前、コウちゃんと一緒に「すげぇな」と言っていたそのプレーを、

今度は自分が、実際にやってみせる番だった。


1人、2人とかわし、ペナルティエリア手前から右足を振り抜いた。


乾いた音と共に、ボールはゴール左隅に突き刺さる。


沈黙。

そして、歓声の爆発。



スタンドでは、ミナミが目を覆いながら泣いていた。

コウちゃんは一度だけ小さく頷き、静かに目を閉じた。


リクはガッツポーズもせず、まっすぐ観客席を見上げた。

…左側の、ミナミのいる方じゃない。

右側の、遠くの“影”のような存在に向かって。


そして、ただ一言、口を動かした。


「ありがとう、コウちゃん」


スタジアムは歓喜に包まれていた。


リクのゴールで 1-0、帝王を破って全国制覇。

歓声と紙吹雪の中、選手たちが肩を組みながら喜びを分かち合っていた。


一方その頃、コウちゃんは静かに席を立っていた。

誰にも見つからないように、人波に紛れて出口へと向かう。


もう十分だった。

リクの姿を見られた。それでよかった。


会わない。いや、会う資格はない。


そう思って、最後にもう一度だけピッチを振り返り、スタジアムを後にする。


場内のビジョンには、ヒーローインタビューのリクが映っていた。

マイクを向けられ、照れくさそうに話す彼。


でも、ある質問が来たとき、リクの顔が一瞬だけ真剣になる。


「では、今日のゴール、誰に一番届けたかったですか?」


少し黙ってから、リクはゆっくりと口を開いた。


「名前は言えないんですけど…

小学生の頃、サッカーを教えてくれた“ある人”がいました。」


記者が静かになる。


「サッカーをやったことがないのに、毎日YouTubeの動画を一緒に見てくれて。

帝王の試合も、何回も再生して…その人が“お前ならいつかここに立てる”って言ってくれたんです。」


リクは少し笑った。


「ほんとに立っちゃったんで…言わないといけない気がして。」


そして、ゆっくりと、でもはっきり言った。


「今日のゴールは、“コウちゃん”に捧げます。ありがとうございました。」


スタジアムにどよめきが起こる。


コウちゃんという名を知る人は、もうほとんどいない。

でも、そのたったひとつの名前に込められた時間と想いは、画面越しでも伝わっていた。


その声は、もうスタジアムを離れたコウちゃんの耳には届かなかったかもしれない。


でもきっと、どこかで風のように、その想いを受け取っていた。


彼の背中が、ほんの少しだけ震えた気がした。

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コウちゃんとリク @cs23772

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