メッセージは『∵』

縞間かおる

第1話 ステルス

「暗黙の3年ルールがあるからよ!この業界には居らんねえな!」

 直属の上司だった上田主任の言葉を明野透あきのとおるは思い出していた。


 目の前には1枚の辞令


「城南地区担当 主任を命ずる」


 城南地区には三田に本社があるライバル企業“アイテック”があり、アイテック側の地区担当として業界では有名な香月紗那こうづきさながいる。


 上田主任は香月紗那に惨敗した。


 誰も口の端には上らせないが……それが、彼が異業種へ転職した本当の理由だ。


 明野は、入社以来自分の事を公私に渡って親身になって指導してくれた上田主任を、尊敬していた。


「上田主任は“できる”人だった!! それが証拠にわずか数年で転職先の会社で課長になってる!!」


 その上田主任が惨敗した香月紗那……

『“ステルス”の向かう所、敵なし!!彼女が通った後は未来永劫他社の芽は出ない!!』とまで言われた“業界のレジェンド”はなんと無役の契約社員で……その名前が表に出る事は無い。


 アイテックは良く言えばチームプレイの会社で、コアとなる男性社員が渉外し、それを数名の女子社員がサポートする体制で……ライバル企業は数名いる女子社員の中の誰が香月紗那なのか分からない。それは彼女が表立って名刺を出す事がないからだ。


 だから“アイテックさん”と競合になった時、そのチームの中に香月紗那がいるかどうかでライバル企業は戦々恐々となる。

 それが彼女が“ステルス”と呼称される所以であり、『彼女の顔写真が秘密裏に取引されている』と言う伝説がまことしやかに流れている。



 明野はスマホの連絡先にある“上田主任”の番号を見ながら会社の電話のプッシュボタンを押した。


「ご無沙汰しております。明野です!」


『おう! 誰かと思ったらお前か!元気か?』


「はい!会社の番号なら覚えてらっしゃるかと思いまして」


『お前の番号だってスマホは覚えてるよ! まあ、変わってなければだがな!何かあったか?』


「はい! 今回、主任に昇格して城南地区担当になりました! 因みに城南地区には“ステルス”が居ます」


『そうか! ただ、おめでとうとは言えない状況の様だな……香月は持ってる情報も凄いし、とんでもなく切れるヤツだからな。香月対策にはアドバイス出来ねえが、お前には期待してるよ! 一緒に仕事している時、オレはお前には一目置いてたよ。しかもオレが辞めてからは、お前は更に力を付けた筈だ! だから頑張れ!!』



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