くれたさきで
宵町いつか
第1話
肌寒い冬の入口を無理やりつくったような、そんな冬の日だった。
学校の明かりは消えていて、職員室と駐輪場くらいしか明るいところはなかった。まだ六時にもなっていないのに、真っ暗。自分の靴さえ見えない。
そんな中ぼんやりと、体育館から駐輪場までの道を二人で歩いていた。間を吹き込む風はつめたくてどこかそっけない。スカートの揺らめきが私のことを肯定している。吐き出す息も真っ白になったかとおもったらすぐに消えて、まるで吐き出したことさえなかったみたいだ。
「さむいね」
「今週からずっと、さむいらしいよ」
「そうなんだ。やだね」
他愛ない会話を続けて、足を進める。ぐしゃりと小石を踏みしめる。靴裏に感じる感覚は固いだけじゃなくて、どこか温かい。
二人、歩幅を合わせながら歩いていると、なんだか途端に面白いように思えてきた。隣に人がいる。安心できる人がいる。手の温もりを知っている人がいる。それがとてもうれしいことのように思えた。いや、うれしかった。
「なんかあったかいもの飲みたいね」
視界に自動販売機が見えたから言ってみる。夜は省エネモードになっているのか明かりはついていない。
近づくと唐突に明かりが灯る。真っ白な光のせいで目が痛い。
かすむ視界のなかでなにがあったかと品ぞろえを見る。つめたいものを無視してあたたかいものを見つめる。ココアにコンポタ、コーヒー、出汁。
「出汁って誰が買うんだろう」
疑問を落とす。だって出汁だ。そんなものを買うもの好きはいるんだろうか。いたらお目にかかってみたい。
「買ったけど、まあ、普通の出汁って感じ」
「買ったんだ」
すぐにお目にかかることができてしまった。
背負っていたリュックから財布を取り出して、二百円を取り出す。ココアもコンポタも、去年の冬は百円で買えたのに今年は二十円ばかり値上げしたらしい。学生にはその二十円が痛い。
いつも売り切れているコンポタを買うべきか、いつも飲んでいるココアを買うべきか。コンポタっていうと、小腹が空いているときにっていうイメージがあるから、ちょっと今の気持ちとは違うんだよな。でもココアを飲むっていうのもなんだか味気ない。あーどうしよ。
自動販売機の前で考え込んでいると、自動販売機のほうがしびれを切らして二百円を返された。
あっと声を出す前に、またお金が入れられる。五百円。
私があっけにとられてぼんやりしていると、視界に手が映りこんできて、そのままココアとコンポタを両方購入。がちゃんと固いものが落ちる音がして、続いて小銭が落ちた。
「はい、二百円」
「あ、うん」
あまり理解しないまま差し出された二百円を受け取る。隣にいる見慣れた人は小銭を財布のなかに入れてほほ笑んだ。
「おごり。どっちでもいいよ」
「じゃあはんぶんこにしよう」
「それはちょっとやだな」
笑い交じりに返される。私は左手にココアを持つと、また歩き出した。
「あったかい」
「そうだね」
自然と距離が近づいて、そのままなんとなく手をつないだ。優しい温もりだった。左手のあたたかさとは違って、すこし温度は低い。指先がつめたい。けれどそれが好きだった。やさしいと思えたから。
「さむいね」
「そうだね」
なんかしあわせだった。
好きな人がいて、好きな人が好きでいてくれて。
なんだか、よかった。
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