第5話

隣の住人を待つ間、少しでもなんとかならないかと、クロをタオルで包んで優しくとんとんと拭き続けた。


しばらくして玄関のドアホンが鳴ったのでドアを開けると、全身びしょぬれの男が立っていた。

背は高いけれど、黒縁メガネで、濡れたせいでゆるいウェーブになった髪の毛がモシャッとしてて顔を隠している、ちょっとヲタクを連想するような佇まい。



若く見えるけど、学生?



「クロ……良かった」



私が抱いているクロを見て、ほっとした声だった。

どうやら彼が心配するのは猫のことだけらしい。

クロも飼い主のことがわかるらしく、じっと見つめていた。



「隣に住む……住んでいた?長谷はせです。長谷永莉はせ とおりと言います」


「私は、水無月一華みなづき いちかです」



名前を告げると無言でじっと見つめられた。

「うちに来ませんか?」なんて言って、早まったかもしれない……



「取り合えず、お風呂入りますか?」


「ありがとうございます。でもクロは水に濡れるのが嫌いで――」



あなたに言ったつもりだったんですが……?

まぁ、どっちでもいいけど。



「そのままの格好だと風邪をひきますよ? とにかくお風呂で温まってください」


「あ、では、着替えとってきます! クロのこと、お願いします!」



ドアを開けたまま待っていると、少しして、両手にタオルやら着替えやら「持てるだけ持って来ました」的な長谷くんが戻ってきた。


袋に入れて来る、とかは考えなかったんだろうか……?


ドアの開閉音は聞こえたけれど、鍵をかける音はしなかった。



「ねぇ、鍵はかけなくていいの?」


「壊されてて、かけることができないんです」



自分が起こした火事でもないのに理不尽。

長谷くんのしょんぼりした態度はアレだ。叱られて耳と尻尾を下げたワンコ。



「貴重品はどうしてるの? 取って来た方が良くない?」


「ああ! そうですね! 取りに戻ります! クロのこと、お願いします!」



猫のことばかり気にかけている。


そのままUターンしようとするので引き留めた。



「今持ってる荷物は置いて行ったら?」


「えっと……」


「ちょっと待ってて」



一旦部屋の中へ戻り、抱っこしていたクロをソファへおろした。クロはそこでくるくると何回か回った後、からだを丸めた。それを確認してからリビングと廊下を隔てるドアを閉め、また玄関へ戻った。



「荷物は持っておくから」


「すみません」



長谷くんは申し訳なさそうに、持っていた物を私に渡すと、もう一度自分の部屋へ走って行った。

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