第16話 お別れの明日に
石ノ
2年A組の特徴的な生徒
僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公
1
安西が出ていくと、石ノ森は髪の毛を耳にかけた。左耳から小型のイヤホンを取り出すと、ポケットに入っているスマートフォンに向かって「終わったよ」と言った。
録音機を停止すると、警察官が三人、石ノ森の周りにやってきた。
「じゃあね、ありがとう」石ノ森は言う。
「ええ。役に立てたなら良かったです。でも、結局、僕も手伝うんじゃないですか」
「馬鹿なこと言わないで。あなたが何度も言ってきたから、仕方なく仕事をあげたんでしょ?図に乗らないこと」
「分かりましたよ。でも、無事で良かったです」
「そうね。クタクタ。また時間が経ったら、連絡してきなさい」
そう言って一方的に電話を切った。
「宜しいですか」警察が言う。
「ええ。話を聞きたい、でしょう?」
「話が早くて助かります」
「でも、せめてもう一杯だけ、飲んじゃあだめですかね?やっと気が抜けたんですよ。もうしんぞうなんてバクバク。触ってみます?」
「結構です。じゃあ、一〇分でいいですか。一〇分したら、外に出て来てください」
「やったぁ!じゃあ、一〇分ですね。分かりました」
「外に居ますから」
「はーい」
石ノ森は店員に手をあげると、「これ、静岡県産なんですね。海と空?海と森が良かったわ。まぁ、いいか。それをください。二合で!おちょこは一つでいいですから!」
店内の客のほとんどが、石ノ森に視線を向けていた。石ノ森は何も気にせず、静岡の海が描かれたポスターを見つめて、にっこりと笑っていた。
2
あれから何か月がたったのであろう。
学生らしき女性が、『説明会参加の方、こちら→』と書かれたプラカードを持って立っている。海はその指示に従って、コンコースのような、無機質な道を歩いた。壁はコンクリートの打ちっぱなしであり、ポスターには『改装予定』とだけ書かれている。
そのまま国道二四六号線を歩くと、K大の看板が見えた。北門封鎖中と書かれていて、その奥に長い通路が見える。髪の毛が生えていない老人が、「説明会参加の方、まっすぐ行った正門からお入りください」とアナウンスしている。
「正門までは、スマートフォンのマップを見る限りまだ五分もかかるようだ。風が冷たく、僕は少し身震いした。
正門に着くと、大きな看板が目に入った。そして、前に石ノ森と歩いた場所から抜けて、遂に中に入った。なんだか、大人になったような気がした。正面には、『区間賞おめでとう』という垂幕がかかっている。おそらく、先月の箱根駅伝で賞を取ったものだろう。今は三月なので、もう三ヶ月も前の話らしい。オープンキャンパスの会場はこちらと、左側に矢印を置いてある看板が目に入った。僕は迷わず、記念講堂と書かれた建物の中に入っていった。
説明会は、約二時間だった。何人かの職員が大学の理念や歴史を語るだけの時間だった。その後は、学部別の説明会になった。会場はすぐ近くの一号館の二階、記念講堂から直接連結している棟の、同じ階だった。
法学部の説明会には、およそ二十八名が参加した。とは言えど、まだ受験までは十一ヶ月もある。これで全員とは到底思えなかった。
「法律学科ですか」隣の男が質問した。
「ええ、そうです」僕は答える。
「おお、良かった」何が良かったのか分からなかった。「みんな政治学科って答えるもんだから、人気ないのかと思いましたよ」
「いやぁ、それなら倍率が低くていいじゃないですか」
「まぁ、確かにね。でも、それじゃあ、つまらないですよ。そうでしょ?」
僕はええと適当に答えて、トイレに行こうと立ち上がった。
スマートフォンで電話をかけると、「なに」と機嫌の悪そうな声で反応があった。
「あ、石ノ森さん?いま、K大に居ます。オーキャンです」
「ああ、そうなの。私もうそこの学生じゃないから。卒業したし」
「でも、同じところに行こうと思って」
「なるほどね……。何学部希望してるの?てか、早くない?受験は二月でしょう?」
「法学部ですよ。早めの行動が大事ですから」
「へぇ。まあ、頑張ってね」
「この辺りに居ないんですか?」
「今?今は蒲田に居るかな。美容院が今からなの」
僕はへぇと返事をした。「じゃあ」少しだけ、間を空ける。「会えたりしないですよね」
「いいよ。二時間後でいい?」
「はい。かまたって、どこですか?」
「川崎の方。いいよ。終わったらそっち行くから。そうだなあ、二子玉川にでも居て」
「分かりました」僕はルンルンで電話を切ると、不気味な男子生徒の隣に、より不気味な様相で座った。
3
説明会が全て終わると、足早に駅に戻り、中央林間行きの電車に乗った。多少、スキップをしていたかもしれない。
二子玉川駅を降りて、ライズと書かれた建物に入った。何があるのかとフロアガイドを見ていると、目の前にコスメの店があった。僕は何気なくその店に入ると、美容部員らしき女性に声をかけられた。
「どのようなものをお探しですか?」と訊いてくるので、僕は「特にそういうのはなくて」と正直に答えた。
「どなたへのプレゼントでしょう?」
どなたへのプレゼント……。
「えっと、姉です。二十一歳の」
「そうですか。目元とか、何か指定はありますか?」
「じゃあ……、目で」
「なるほど」美容部員は微笑んだ。
「でしたら、アイライナーやアイシャドウなどがありまして……あとは……」僕はこの女性が何を言っているのか分からなかった。
「じゃあ、目に引くラインのやつを」
「はい。かしこまりました。リキッドでいいですか?ペンシルや、ジェルなんかもありますが。中にはラメが入ったものもあり、若い女性に特に人気ですよ」
僕は悩んだ末、ラメの入ったものを買った。それと、本屋が入っていたので、そこでエラリー・クイーンの国名シリーズを二冊買った。石ノ森から連絡があったのは、エスカレーターで地上階に降りてすぐだった。
高島屋のカフェに入ると、僕はアイスカフェ・ラテを注文した。石ノ森は、ホットの紅茶である。白が基調の、洒落た店だった。テーブルには、見たこともない植物が飾られている。これは果たして必要なのか、と思ったが、口にはしなかった。
「お久しぶりです」僕が言う。
「うん。元気してた?ちょっと、背伸びたんじゃない?」
「はい。十五センチくらい」
「馬鹿じゃないの」
「すいません。この植物、おいしそうですね」
「食べてみたら?」
「いや……」これもまた口にはしない。「それで、事件は?」
「ああ」石ノ森は丁寧に紅茶をフーフーして、ほんの少しだけ飲んだ。「終わったと思うよ」
「終わった?」
「うん。慧村、じゃないや、安西は、二人の殺害に関して色々と証拠が出たみたいで、殺人罪で起訴されるって……。でも志井は、心神耗弱なのか、演技なのか分からないけど、ずっと話せる状態じゃなくて、逮捕どころじゃないみたい。今は警察が管轄する精神病院に居るって、長田さんからメールがあった」
「決まりですね」
「そうね。志井が手伝って、小峰と篠崎を安西に殺害させたこういう事ね」
アイスカフェ・ラテを一口飲んで、僕はまた話した。「慧村というのは、誰だったんです?」
「闇サイトで学生証を売っているらしくて、それを安西が買ったらしいの」
「何のために?」
「さぁ。学歴を何もせずに作れるし、自由な時間が増えるから、他の事が出来るんじゃない?」
「なるほど……。考えたものですね」
石ノ森はうん、と言って窓の外を見た。
「そういう面では、まぁメリットとも言えるかもしれないね」
「ええ……」
「中川たちは?」
「まだ、見つかっていない」
「そうですか……。もしかしたら、もう……」
「最悪のケースも考えるべきね。ああ、それと、駒田さんは白だったそうよ。ただ、志井に騙されていただけ」
僕は納得したように頷く。
「まるっきり狂気じみた事件でした。それに、最初に悪役だと思われていた人たちが、まさか唯一の善意者だったなんて。いつわりだらけですね。この世は」
「それも嘘だったりして」石ノ森はおどけた。
「やめてくださいよ。安西は、志井先生の事が好きだったんですかね」
「あれは好き、というよりも、ただの依存よ。依存するということは、極端に不足しているということ、若しくは、他が不満足すぎて、快楽を求めてしまうことなのよ。彼は、その両方を持っていた、稀有な人間だったのかもしれないわね」
「シンナや、色々な悪い噂も、全ていつわりだったんですね・・・・・・」
「そう。何もかも嘘なの」
僕はじーっと石ノ森の目を見た。
「石ノ森さんは、その、吹っ切れたんですか?」
「は?」
「だから・・・・・・その・・・・・・仲のいい男性というか・・・・・・」
石ノ森は手を叩いて笑い始めた。ゲラゲラと、人目も気にせずに笑っている。
「何ですか?」
「もしかして、あの男が私の彼氏だと思ってたわけ?はぁ?ばっかみたい。そんな訳ないでしょう?」
「えっ・・・・・・、いや、知ってましたよ」
「嘘だね。その目は信じてた目だ。何安心してんの?歳の差ってのはね、大人同士がするものなのよ。高校生なんて、恋愛において対象外だわ」
「そうですよね。あのこれ・・・・・・、買ったんですけど・・・・・・」
「なに?」
僕はバッグからコスメの袋を取り出した。やたら梱包がされていて、マトリョーシカみたいである。
「開けていいの?」
「もちろんです」
石ノ森はビリビリと小さな箱を開けると、「わぁ!アイシャドウじゃん!随分派手なの買ったね。あ、そういう趣味なの?」
「いや・・・・・・、なんか店員さんがこれがいいって・・・・・・」
「へぇ?嬉しいよ。ありがとうね」
「いいんですよ、趣味が悪いとか笑ってくれても」
石ノ森は真剣な顔つきになって、僕の右肩に手を置いた。
「人がくれたものにケチをつけるなんて、そんな真似しないよ。とても嬉しい」
「そう・・・・・・ですか」
「ええ。元気出しなさい。それに、事件も忘れること!難しいかもしれないけど、それが一番いいと思うわ。大丈夫。九十九くんなら出来るから」
「そう言ってくれて嬉しいです。石ノ森さん」
僕はアイスカフェ・ラテを一口飲んだ。その一口が、今までで一番長い、エスプレッソの味がした。でも不思議と、後味は悪くなかった。
4
水難救助部隊のダイバーの男は、手をバツにしてこちらに向けた。
昨日の夜、長田の所属する刑事部宛に、匿名通報ダイヤルから経由して連絡があった。
「H湖に何かが沈んでいるかもしれない」という通報だった。場所は、観光で訪れる比較的水質の悪いほとりではなく、ガーデンパークに近い、中央に位置する場所を指定した通報だった。
すぐに駆けつけた捜査員が捜索を開始しているが、事件性はないと見られている。この場合、車から何か大きな粗大ゴミを投げ捨てたか、イタズラで大きな木や石を投げ捨てた可能性の二択だからだ。長田は、前者だと踏んでいた。
「何もないですね」ダイバーは首を横に振る。
「そうだよな。うん。そうだろうと思ったよ。ご苦労様。一度上がろうか」
「ええ、そうします。引き上げだけするので、一旦確認しましょう。ただ、目視した感じは特に何もありませんね」
「岩礁帯があるわけでもないし、何と間違えたんだろうな」通報者は分からないが、長田は漁師ではないか、としきりに言っていた。実際、誰でもいいのだが・・・・・・。
「ああそれと、これが落ちてましたよ。何かに使えますかね」
「何だ?これ?」長田はダイバーのゴワゴワしたスーツからそれを受け取ると、水草をむしり取って湖に捨てた。
「錆びてるけど、これはアルファベットのFかな」
「そうみたいですね」
調べたところによると、同じ製造会社から出されているキーホルダーに、すべてのアルファベットがありました。Fは緑色ですね。どうやら全てがくっつくようで、『LOVE』とか、『friends』
とかを並べて友達や恋人と共有出来るらしい。」
「落とし物がここまで流れてくるとはな」
「ええ。一応、本部に持ち帰りましょうか」
「そうしてくれ。まぁ、指紋も何も出ないだろうし、人気なものなら足は付かないだろうね。製品番号から、いつ購入されたものか、くらいは分かるかもしれない」
「そうですねぇ。にしても、こんだけ広いと参りますね。訳がわからない」ダイバーが言う。
「ああ、まだまだ何かありそうだ」
長田はやがてH警察署に帰って行った。証拠品は、何も役に立たなかった。足も付かないし、どこで販売されたものかも、いい加減だった。それから、事件は進展を見せなかった。ふと、志井が言った、『偽りによって沈んだ子たちは?どこに?』
という謎の文言を言うまでは・・・・・・。
いつわり(IT WAS A LIE) 完結
海、灯り(Sea and Forest)に続く。
いつわり(IT WAS A LIE) りょうすけ@九十九海のさざめき @Ryotibook
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