第13話 語る男➁
石ノ
2年A組の特徴的な生徒
僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公
3
「え?」坂井は驚いた顔をした。「どういうことですか」
「志井先生はただ、史織ちゃんを殺害しようとして失敗し、小峰に脅されていただけですよ。したがって、殺人犯人ではありません」
僕はうんうんと頷いた。「つまり、犯人はまた別に居ます。それも、志井先生の忠実な部下のような人間がね……」
長田が唸った。「しかし、それだけの理由で、殺人を働いた、とでも言うのか」
「ええ、そうですよ。それだけです」僕は答える。「そもそも、恨みなんて人それぞれなんですよ。金を返してくれなかった、人に笑われた、裏切られた。そんな理由で、人は人を殺します。それに何か順番は付けられますか?志井先生にとっては、自分の子供がいじめを受けている、それだけで何よりも苦痛でした。だから、精神に異常をきたし、他人の子供を殺害しようと試みたんです」
「なるほどな。でも、どうして公園なんだ」
石ノ森はにやりと笑った。
「菅田英美さんは、森林公園に子供を連れて行くと、十五分ほど煙草を吸うんです。ちょうど事務棟の方ですから、五分くらい歩きます。一方、史織ちゃんは池の近くのベンチに座って遊ぶのが好きなようですから、そこを狙ったんでしょうね。須田くんが知育玩具をあげていたみたい」
「とにかく、志井宏子さんには、訊く事がたくさんあります。同行していただけますね?」長田が言った。
・・・・・・
そうして志井と長田は二人で体育館から出て行った。木藤はショックで何も言えないような顔をしていたし、駒田は目の焦点が合わず、ただそこに立ちすくんでいた。それもそのはず、愛していた女性が他人と内縁であり、子供も居た。とどめに殺人に加担していたともなると、呆然とするのは当然である。
僕は体育倉庫の中にいる宮野の所まで駆け寄った。
「あれでいいのかよ」
「うん。今はここまでしか分からない。後は警察が何とかしてくれるだろうね。それを、祈るしかない。それに、本当の所はまだ分からないよ」
坂井が僕の所に歩いてきた。
「小峰はさ、何を脅迫していたんだ?小峰は何もできないじゃないか。脅迫する理由もない」
「ああ、これはあんまりあけっぴろげに言いたくはないし、どの段階で真実だと判明するか分からないけど、体育倉庫でマットに横になるような事情って、何だと思う?
坂井と宮野は苦い顔をした。宮野がすぅーっと息を吸うと、「性行為だな?」と言って見せた。
「そうだね。おそらく、志井先生とそういう関係だったんだ。すると、志井先生はそれを内縁の彼氏に正直に話してしまった。小峰の殺害の動機はそれだ」
「なるほどなあ。それなら理解できる。全く、恨みってのは本当に怖いんだな」
「そうだね」
僕は体育倉庫から体育館を見つめた。僕の視界の正面には石ノ森が居た。しかし、彼女は何を言うでもなく、ただ手を組んで上を向いている。僕は、どこか嫌な予感がしていた。僕の予想が当たらなければいいが・・・・・・そう願って三人で小峰の墓標から去って行った。
4
一週間が経って、正式に志井が逮捕されることになった。罪状は、殺人未遂だそうで、史織からの証言と、佐藤の証言とが一致し、自宅から太い麻のロープが見つかった。自供もしたために、逮捕に至ったそうである。しかし、小峰と篠崎を殺害した犯人は、未だ判明していない。現場には指紋も残っておらず、F学園付近の防犯カメラにもそれらしき人物は写っていなかった。
何度、志井に問いただしても、殺人犯人の名前だけは絶対に言わなかった。夏休みが終わり学校が始まると、志井の代わりに違う教師が数学を担当する事になった。石ノ森の在籍期間は二ヶ月であり、後一週間で教育実習課程が終わると言う事も、昼休みに聞いた。そうなると、とうとう犯人を見つけることは出来ないのかもしれないと、僕も思っていた。
長田がF学園に再びやってくると、志井の持ち物の写真を見せてくれた。「何か思いついたりしたら、教えてほしい」と言って机の上に置かれた写真には、洋服やヘアスプレー、アイロンなどの日用品はもちろん、アクセサリーやステッカー、何かの袋など、あらゆるものが写っていた。
僕と坂井は写真を念入りに見ていたが、特に目ぼしいものは見つからなかった。「おっと」と言って安物のスーツのポケットからもう一枚の写真を取り出すと、これが前に連行した日に持っていたものだ。あんまりないがな」
と言って新しい写真を見せた。
僕はその写真を見つめて驚愕した。その中に、見たことのあるものが写っていた。それを見た時、石ノ森の表情や、事件の表情が情景描写のように映し出された。走馬灯のようなものかもしれない。確かに、あの人物の言動には、確証とは言えずとも、違和感があった。何か隠している、そう思えるような態度だったのだ。
僕はそれを長田に伝えず、ひとまず考えてみます、と伝えた。長田も何か期待していたような感じではなく、それもそのはずだ、という表情を終始作っていたため、落胆はしなかった。僕は胸騒ぎを覚えて、石ノ森がいる校庭に走って行った。
坂井は用事がある、と言ってそのまま帰宅した。
「何してたんだよ、部活にも来ないで」真野が不機嫌そうに呟いた。テニスコートには、部員が十五名ほど立って乱打をしている。無秩序な空間に、僕は少し不快な気持ちを感じた。
「忙しくてね。それより、最近どう?前衛のスキルは上がった?」
「いやぁ、それが全然。やっぱりボレーみたいになっちゃって、上手く行かないんだ。ボールも後衛の方まで飛ばす事が多くて、中々前に落とせない。どうしたもんかなあ」
「うーん、ガットのテンションが高いんじゃないの?」
「それはない。とびきり下げてある。おかげでサーブがはいらなくて苦戦中さ」
「そうかあ」
僕はピロティに戻ると、バッグからラケットを取り出した。今日は土曜なので、授業はない。昔はあったらしいが、働き方改革だか何だかで、今は週に五回になっているらしい。
ピロティの奥にあるネット置き場の近くに、石ノ森が座っていた。僕はラケットを持ったまま石ノ森の近くに腰を下ろすと、「もうダメそうですかね」と言った。
「何が?」少し不機嫌そうである。
「ですから、事件ですよ。犯人はまだ捕まっていない」
「でも、君にはもう、分かっているんでしょう?」
「はい。何となく、ですが」
「すべてを解決しようとして、みんな幸せになるのかしら。志井さんだって、好きでやったわけじゃないかもしれない。心神耗弱者だったりしたら、殺人だって自分の意思で行ったと言えるのかすら不明なのよ」
僕はその心身何とかと言う言葉に聞き覚えがなかったが、聞くのも億劫なのでとりあえず頷いた。
「だとしても、人が死んでいるんです。まぁいいかで済まされる事じゃありませんよ。僕だって、あんな真似は、本当はしたくなかった」
石ノ森は黙っている。何も話さなかった。
「私はもうそうそう大学に戻って授業が始まるわ。あと一週間ね。あなたと会えてよかった。とても面白かったわ。そうでしょう?」
「僕も、こんな言い方は良いのか分かりませんが、その、楽しかったです。まだ時間もありますし、もう少し話して居たいですよ」
石ノ森はクスッと笑った。えくぼがよく見えた。
「何だかお友達みたいになっちゃったね。いやあ、嬉しいよ。ありがとう
「あの話し方、辞めたんですか?」
今度は笑わない。
「あれはね、生徒に舐められないように、お淑やかにしようと思ってやってみたの。でも難しい。だって、そういう育ちじゃないんだもん。あなたとは年齢が4つも離れてるけど、実は同じようなものなんだよ」
「へぇ、そうなんですか。僕は大学四年生なんて、すっごく大人だと思っていました。事実、かっこいいですし」
「そうね」
「あの・・・・・・」僕は申し訳なさそうに言った。
「何?」
「篠崎の事件の時は、どのように犯行に及んだんでしょうか。やっぱり、生徒に扮装して忍び込んだんですかね」
「志井さんが、使っていない学生服を渡したんだろうね。それを着て忍び込んだ。リサイクルで使われる制服が一着減っていたらしいわ。間違いない」
「そうですか。それで、書庫で殺害して、そのまま逃げたと?」
「あそこはいつも誰も居ないじゃない。図書委員なんてちっともみてないし、ただおしゃべりして遊んでるだけでしょう?それなら、誰が入ってきたって気がつかないんじゃないかなぁ」
僕はそれもそうだと納得した。
「篠崎も、志井への脅しに加担していたのはもちろんですが、それ以外に何かしたんでしょうかね」
「多分だけど、この学校の生徒が暴行をしたってニュースがあったでしょ?あれは志井さんの娘さんに篠崎くんが暴行を加えたんじゃないかしら。だから、篠崎くんとか大城くんがいじめられていたって言うのは、多分彼らの虚言で、中川くんたちがいじめた証拠なんて何一つないんだと思うよ。上部だけでは、何が正義で、何が悪かなんて分からない。そうでしょう?」
「ええ、そうですね。小峰、大城、篠崎が通謀して脅迫を企んだと考えると、辻褄が合いますね」
「君、頭いいよね。たまに失礼だけど」
「ありがとうございます」
「少しは謝罪もしていいんだけどね」
僕はとびきりの笑顔で石ノ森に笑って見せた。
石ノ森もそれに釣られて笑った。僕にはそれが嬉しかった。
「またいつか、どこかで会えたらいいね」
「これで最後なんですか?」
「まだ会えるとは思うけどね、忙しいのよ」
「そうなんですね」
「じゃあ私、まだやる事あるから。部活がんばってね」
「はい!」
石ノ森は校舎に向かって歩き出した。夕暮れから夜に変わる瞬間だったと思う。ピンク色の空に、真っ暗な校舎が不気味に映った。とてもとても冷たくて暗い印象だった。その建物に、石ノ森が溶けて消えていくまで、背中を見つめて見送っていた。僕のラケットは地面に伏して、やる気のない態度を終始見せていた。
一週間の間、何も印象的な出来事はなかった。あるとすればそれは、坂井が水泳の授業で一番早く泳いだ事と、小澤の数学のテストの点数が九十四点だった事くらいだ。僕はアガサ・クリスティの『カーテン』を一週間かけてゆっくりと読んだ。
石ノ森がF学園で教育実習を受ける最後の日、僕は彼女の色紙にありがとうとだけ書いて教室から出て行った。特に意味はないし、嫌いなわけでもなかった。ただ何となく、そうするのが一番だと思ったからである。部活をしている時も、どことなくモヤモヤとした感情が僕の心の中を燻っていた。
「どうしたの?凪紗先生にありがとう言わないの?」小澤が不思議そうに訊いた。テニスコートを見渡せる、ベンチに二人で腰掛けていた。部員のほとんどはテニスに夢中で、大きな掛け声が野球部に負けない声の大きさで響いていた。
「言ったよ。色紙に書いたし」
「何か冷たいじゃん。クラスでも、君と石ノ森先生はカップルになるかもとか、冷やかしてる人が居たくらいだし」
「勝手に言わせておけばいいよ。事実じゃないのにそれに対抗したって、特に意味もないわけだし」
小澤は驚いた顔をした。
「なんか無理してるね」
「してないよ」
「そう?本当は寂しいんじゃないの?色々教えてもらったんでしょう?それなら、ちゃんと会って感謝を伝えるべきだよ」
僕は少し考えると、やる気のないラケットを小澤に渡して歩き出した。
続く→→→
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