第19話・勝利を手繰り寄せるまでの話



 これまでの人生は、とても充実したものだった。

 小中学校はクラスの中心と言うわけではなかったが、ちゃんと友達も出来て自分なりに楽しい学校生活を送れていた。


 高校生になってもそれは変わらなくて、部活もぼちぼちやれているし勉強も苦手な教科はなく友人にも恵まれ、体育祭や文化祭も最高に楽しかった。



 そんな、日本生まれ日本育ちで平和に生きていた僕が感じたことのない感情を抱えながら奴と向き合っている。

 転移前の僕が自分を見たら、きっと驚きすぎてその場で叫んでしまうだろう。



「ハハハハ、賢者は死にマシたカ!!我のよウナ魔法使イが!…フハハハハハ!!」

「…何がおかしいんだ」


 男は出入り口に置かれた師匠の遺体を眺めながら嘲笑うように絶叫した。

 それに対し、僕は自分の口からとは思えないほど低い声がこぼれ出てきていた。



「我は昔かラ、アインツ殿を知ってイタ。天才の魔法使イであリ、賢者ト呼ばレル者となり憧れテイタ…いツカは我もそノ高ミに行クト思ってイタ」

「…僕からすれば、あんたも師匠も優れた魔法使いだよ」

「だとシテモ、我の魔法は天才にハ及ばなカッタ!!」



 激しい一言だったが、それは僕に聞いてほしかったわけではなく、自分自身に対する怨念のようにも感じられた。



「だガ、そレモ今日まデダ…我はアインツに勝っタ!勝利しタノダ!天才を超エタ!」

「……師匠が作った『ザ・ワン』を使ってね」

「黙レ!!アインツの残しタ研究ヲ、我ラが真に完成さセタ!我ラの努力ダ!」


 男は『ザ・ワン』の代償か、それとも追い詰められたからか最初に出会った頃の冷静さと傲慢さが入った声も、余裕そうな姿もどこかに消え去ってしまっている。



「そうだね、本当に頑張ったと思うよ。その頭脳を世のため人のために生かせたなら、きっと『アポロの徒』は本当に人々を救済できただろうね」


 『ザ・ワン』は代償がでかすぎて論外だが、こいつらが悪事をしないだけで被害はかなり減る。

 それに、こいつらの魔法の練度は本物だったしやりようによっては苦しむ人々を救う事だってできるはずだった。



「何言っテル!!我ラは、多くノ者に救済ヲ届けてイル。多くの者ヲこノ世かラ解放しテいルノだァ!」


 これである、救済と言う名のもとに人々の命を奪い、あの手この手で思想を広めようとしている。

 こいつらからすれば正義のためにやったわけだが、やられて側からすればいい迷惑である。


(…そろそろ限界かな、時間稼ぎは)


 別に僕は好きで師匠を殺した仇とのうのうと話していたわけじゃない。

 むしろその逆でこいつには正面から勝つことが不可能と判断したため現在進行形で裏工作をせっせとやって来たわけだ。


 しかし、奴が師匠に勝ったなどと言いだしたためついカッとなって言い返してしまい、相手は怒り出し今にも戦いが始まりそうであった。



(マズいな、まともに戦ったらすぐ殺される。どうにか時間稼ぎを……)

「なラバ!!アナタにモ、死の救済ヲ!!【岩の魔法】」

「ッ、やるしかない【煙の魔法】」


 だが、どうこうする時間もなく勢いのまま奴との最後の戦いが始まった。

 相手は、師匠との戦いで出してきた巨岩を生成し投擲の構えを見せる、それに対し真っ向から食らえば一撃であの世な僕はいつも通り煙幕を展開し視界を塞ぐ。


 その数瞬後に巨岩が煙の中心に投擲され、すぐさま着弾する。

 その余波で周囲の煙は吹き飛び、次々と換気システムによって煙が中に吸われて行ってしまう。


(魔力は食うけど…これでいい……)


 視界を塞ぐ程度でも煙をばらまけば、身体強化の魔法を使えば簡単に回避できる。

 ただ、魔法を使い続ける関係で魔力は削られていくし僕の進行と共に煙を撒けば居場所がバレるのでかなり広範囲に撒き続けないといけない。


 その上、煙の斬撃でも煙の爆弾でも巨岩を突破できないし、そもそも煙幕を出し続けているため攻撃に移れない。



「煙トは、小賢しイ。魔力が籠ってイルせいデ、探知も出来ナイ」

(よしよし、この調子なら十分時間が稼げそう……)

「なラ、全方位に攻撃すレバイイ!!【岩の魔法】」


 煙を撒きながら居場所を悟られぬように走っていた僕は煙越しから巨岩ではなく、小さい小粒のような気配を感じ取った。


(まさか、巨岩を小粒にして全方位に放つつもりか!?)


 気づいたときにはもう遅く回避しようと動こうとするが、感じ取ったその時には煙を突き抜けてすぐそこまで迫ってきていた。



「アナタの煙デは、我の礫ヲ防げヌ!!ハハハハハハハッ!!」」



 勝敗は決したと言わんばかりに煙の向こう側から高笑いが響いてくる。

 ここからの回避は不可能、もろに食らって最悪死んで、良かったとしても怪我は免れない。


 防御をしようとしても、煙ではすり抜けるだけ石の礫なんて到底防げない。


(どうする、身体強化の魔法で皮膚の硬度を上げて耐えることを狙うか…いや、間に合わない。着弾する方が早い…)


 僕の脳みそは必死にここからの生存方法を模索しようとするも出てくるのはこの礫を食らうしかないという事だけだった。



「くそっ…」


 でも、諦めるわけにはいかない。

 師匠と約束してすぐに破るなんてカッコ悪すぎるし、最後のせめてできる抵抗として身を屈め当たる面積を最小限にした。



「…ああ、煙が“固まって”くれたら壁になるのに」


 これから来るであろう痛みに覚悟しながら、僕はそうぼやいた。

 僕は、何度も何度もそれを練習したけどせいぜい魔力で囲って刃のように飛ばすのが限界で壁なんて作れなかった。



 阿歩炉が煙を固体にできなかったのには理由がある。

 そもそも、煙の正体とは気体(主に燃焼ガス)と微細な固体や液体の粒子が混ざったものであり、純粋な一つの物質ではなく、粒子が空気中に浮かんだ混合体なのだ。



 もし、煙の割合を全て黒い煤にできれば塵も積もれば山となる理論で煤の壁が出来上がるだろうが、成分を偏らせるなんてできないし、煤の壁ができたところで礫を防ぐことはできないだろう。



「……え?」


 だから、これは本当に予想外で僕が意図してやったことではない。

 煙越しにわかる、相手の石の礫による攻撃は僕の煙の前で制止し、地に落ちていった。


「ナゼぇ!防がレタァ!!」

「煙が……固まった?」


 そんなはずはない、たとえ何かの間違いで煙の成分を偏らせることができたとしても壁の生成には時間がかかるし、一瞬で突き抜けられるだろう。

 だというのに、現実では煙の壁が礫を防いでしまっている。



(どうして……あっ!?)


 何が起きたのかわからないが、少なくとも僕がやったことには間違いない。

 だとすれば、僕にある“何か”が煙を固めたということだが、一つだけ思い当たることがある。


「ステータスオープン」


 最初の方しか言わなかったその呪文を詠唱すると見慣れたウィンドウが現れる。


【異世界転移】

【風の賢者の加護】


 そこには、見慣れた異世界転移のスキルの他に見たことがないスキルが追加されていた。



 本来なら、アインツの死と同時にこのスキルは発現し脳内に放送が流れたはずだったのだ。

 しかし、あまりにも頭に血が上りすぎた阿歩炉には全くその放送が耳に入らず、目の前の奴をどうやって倒してやるかと言うことに全てが注がれていた。


「師匠…ッ」


 僕は、灰色の文字の【異世界転移】下にあり、黒文字で使用可能を示す【風の賢者の加護】に指を置き長押しすると詳細が表示される。



【風の賢者の加護】

 ・風の賢者アインツが弟子である阿歩炉に残した最後の魔法。

 インターバルは存在せず、阿歩炉が使用した魔法に補正をかけることができる。



「…補正って、そういう事ですか。師匠…本当に、本当にありがとうございました」


 最後の贈り物を受け取った僕は少し試運転とまだ放ってきている石の礫を防ぐためにそこら中の煙を固めてみる。


(うーん、耐久力もある、遠いところは無理っぽいし僕の周りだけかな。でも、固めた後に遠くに動かすってのはできるのか)


 検証の結果、色々使えそうなことが分かったのとそろそろ時間を十分稼げたので魔力を垂れ流して無駄になっていた煙幕を解除した。



「何ノつモリダ。何故、煙ヲ解除し姿を現シタ!!そモソモ、どウやっテ石の散弾ヲ防イだ!!」

「いや、正々堂々戦おうと思ったもんで……師匠の仇、討たせてもらうよ」

(…本当はもう魔力が限界に近いだけなんだけどね)


 この基地に侵入したときの魔力が全快だとして、奴との戦いは8割残った状態で始まった。

 そして、この戦闘中で岩石の回避のために煙幕を撒き続けた結果6割減少し、残った魔力は2割。


 師匠曰く、僕の魔力量はリバーストレーニングと【身体強化の魔法】の特訓中に急成長しているようでその量は並の魔法使いのそれではない。



「ソレはでキナイ!!なゼナラ、アナタは我にヨって救済されるノデスから!」

「小さな親切大きなお世話!!」

「通じナイヨウですネ!なラバ、そノ身で体験さセテあげまショウ!【岩の魔法】」


 どうやら、巨岩は僕には通用しないとわかったようで奴の周りには次々と石の礫が生成されて、こちらに放たれる。


 煙が晴れたからこそ目視で確認ができるが、あれは手榴弾や弾丸の類であり当たればただじゃ済まない。

 だからと言って、煙の中に入って狙いを定めさせないようにしても全方位に放たれれば意味はない。



 なら、どうするか――単純だ。


(あの煙の壁を“再現”する)


 あの時は咄嗟にやって、成功したからよかったものの詠唱が普通の煙の魔法と同じであれば事故を起こしかねない。

 しかし、複雑な詠唱は緻密なイメージを作る分、威力は上がるが失敗の可能性も高くなるしそもそも覚えられない。



 短く、普通の煙の魔法と差別化しつつ、かっこいい(僕基準)名前にする必要がある。



「【煙の魔法.EVL2エボルツー】」


 進化を英語にしたEvolutionから取ってEVL2と詠唱したその魔法は僕の目の前にもやもやした煙の壁を生成し石の礫を弾いた。


 本来なら、進化と言うより変身や変形に近いのでTransformationやTransformから名をもらおうと思ったが略称が思いつかなかったため進化とした。


(後、何となく進化の方がかっこいいし…)


 残念ながら男子高校生センスから生み出される名前はこれが限界だった。



「なッ!煙ノ壁ダト!!」

「それだけじゃないよ【煙の魔法.EVL2】これで、お前を倒す」


 固まらないはずの煙を見て驚愕しているすきに僕は固めた煙で剣を作り出した。

 それは、僕が最後に見た師匠の風の剣を模倣したものだった、性能は似ても似つかないが仇を討つならこれ以上の物はない。


「ハハハハハッ!!おかシナ話ダ、たトエ我ノ礫ヲ防げよウトモ巨岩は防げマイ…なラバ、巨岩を打ち続けレバ、我へノ攻撃に移れズ先に魔力ガ尽きルだろウ!」

(…魔力が残り少ないのはバレてるか)


 あれだけ煙を撒き続ければ感づくのも仕方ない。

 そして、奴の言う通り巨岩を何発も打たれれば回避行動に移らざるを得ないため攻撃なんてまともにできないだろう。



 その上、周囲には僕の煙を吸っていく換気システム。

 相手にはまだ魔力切れが切れそうな素振りもないのが気がかりであり、やせ我慢の可能性もあるが少なくとも無駄に煙を出し続けていた僕よりは残っているだろう。


 つまり、戦況は圧倒的に僕が不利。



「理解しまシタカ!アナタと我ガこのママ戦えバその結末阿は魔力切レデ動けなクナッタアナタを我が救済すルのみ!」

「…そうだろうね」

「なラば、大人シク救済を受け入れナサイ!」


 要約するに大人しく死ねと言うことだがこんなの到底受け入れられるはずもない。

 その時――


 ウゥゥン


 四方からそう、唸り声が聞こえた。

 思わず口角が上がり、目の前の奴をどうやってぶちのめしてやろうか想像が膨らみ続ける。



「…覚悟しろよ」


 時間を稼ぐため必死に抑えていた怨嗟と殺気のこもった言葉が口から漏れ出るほどに――


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