第18話・”それでも”
【風の賢者アインツを殺す魔法】
本来、そんな魔法が成立するはずはない。
――はずなのだが、約1億人以上の脳みそと連結させた『ザ・ワン』は接続した半分の脳を“殺す”ことによって死を体験、それをイメージとして処理させる。
それに加え、マシンガンのように放った魔法の数々がアインツの纏った魔力の防御を薄くしたことによってこじ開けた隙をついて見せた。
そして、最後に後付けて用意してあった魔力タンクに入った魔力を全て使い切ることによってこの魔法は奇跡的に成立してしまったのだ。
「ぐっ……ぐほぉっ」
「即死はしナイか、だガもハヤ長クはなイだロウ」
風の賢者アインツを殺す魔法と言うただでさえ成立しずらい魔法の上にどのような方法で死ぬか組み込めていないその詠唱によって即死は免れていた。
たとえ、即死を免れたとしても死の魔法を受けたアインツは体に突き刺すような痛みと共にその場に崩れ落ちる。
「師匠!!」
その時、セントラルドグマの出入り口に現れたのは魔力を抜かれて戦えなくなったエナを安全な場所まで避難させて帰って来た阿歩炉であった。
(うそでしょ、師匠が倒れて…って、なんだあのヘンテコなヘルメット。いや、もしかしてあれが『ザ・ワン』なのか!?)
正直、エナさんを届けて戻ってきたら師匠がすべてを終わらせて、てっきりもう帰る準備をしているんじゃないかとすら思っていた。
しかし、その想像は本当に甘かったことが思い知らされた。
「師匠、大丈夫ですか…!!」
すぐに師匠の下に駆け寄り応急処置をしようと思ったがどこを見ても外傷らしきものは見当たらない。
「無駄ダ、アインツは既に我ノ魔法ヲ受け死ぬこトハ決まっテいル」
「はぁ!?…も、もしかして毒の類ですか?いや、呪いって可能性も…」
自分で自分が焦っているのがわかる。
異世界に理不尽に送り込まれて、右も左もわからない僕に優しくしてくれた恩人であり師匠が
いつになく苦しそうにしているというのに僕は何もできない。
「阿歩炉、焦るでない……」
「焦るに決まってるだろ!!大事な、大事な師匠なんだから!…くっ、待ってて僕がアイツを倒して見せるから」
「ホウ、我と戦うつもリカ。未熟者の魔法使いヨ」
奴の突き刺すような殺気が僕に対して向けられる。
それと同時に、こんな状況でもわが身大事さに震えだす体に鞭を打ちながら身体強化の魔法にありったけを注ぎ込む。
(…勝てない)
戦うまでもなく、そう頭が理解してしまっている。
確かに、敵は師匠との戦いで相当魔力を消費しているのは僕でも察知できるが、全身を駆け巡る魔力は僕の使っている【身体強化の魔法】のそれであり、この時点で肉弾戦では勝てないと悟らせてきた。
「…て…」
その上、師匠が言っていた『ザ・ワン』は健在であり、遠距離戦で煙を使って立ち回ろうとしてもどんな魔法が飛んでくるかわかったものでは。
そして、何より厄介なのは周囲の換気システムだ。
これがあるせいで、僕の放つ煙は出した先から吸われていき動かせなくなってしまう。
「待てと言っとるじゃろ…!!」
この圧倒的不利な状況でどうにか勝ち星をもぎ取ろうと思考をぶん回している所にいつの間にか立ち上がっていた師匠の怒号が耳に入って来た。
「ッ!?し、師匠…でも……もう、だいぶきついんじゃ」
再び立ち上がった師匠の額には脂汗が滲み、全力で走った後のように息を何度も吐き続けている。
「そうじゃ、儂はついさっき奴から【風の賢者アインツを殺す魔法】なんてふざけた魔法を打ち込まれた」
「そ、そんなめちゃくちゃな詠唱で!?しかも、それって死のイメージってことですよね。絶対、不発に終わってますよ!」
「いや、儂の状態から考えて成立しとる……儂はもう、長くないのじゃ」
そう言われたとき、僕の足元の地面が急に頼りないものに感じられた。
足は震え、僕の体には何ともないはずなのに自然と涙があふれ、胸の辺りが痛み始めてきた。
「…嘘、ですよね?そんな、ふざけた…チートみたいな魔法があるはずがないじゃないですか!!」
「存在する、それが事実じゃよ。儂は、もうこの後すぐに死ぬ……エナには『悪いの』とだけ伝えといてくれ」
「待って、待ってください!!ぼ、僕は転移…いえ、転生者なんですよ!だ、だったらアイツみたいにチート能力が…ある、はずなんです」
知ってる、そんなのがない事なんて何度も確認した。
その結果、僕にあるチートと呼べるのは本当に一度も役に立っていない【異世界転移】のスキルだけであり、他は師匠から教えてもらったことのみである。
既に体温が失われかけている師匠の手を握りながら、何度も何度も今度こそはと念じても状況が変わることはないし、神が応えることもない。
「その気持ちだけで十分じゃよ……じゃが、いつ儂が負けたと言ったのじゃ?」
「……え?」
握った手を逆に握り返されながら師匠は力強くそう言って見せた。
だが、数瞬間をおいて何言ってるのか理解できないという表情を見せた阿歩炉に怪しく、それでいて力強い笑みをアインツは見せた。
「何を言ってイル?アナタは我に…『アポロの徒』に負けタノだ」
「そっちこそ、何言っとるじゃ。儂は、まだ立っとるというのに先に価値を宣言するというのは早すぎるとは思わんのか?」
「……やるんですか、師匠」
さっき触れて既に“理解”はしていた。
師匠を殺す魔法は確実に体を蝕み、今立っているだけでも僕では想像もつかない苦痛が体を襲っているだろう。
魔力も感じられるだけでは、僕の魔力量すらない。
それを知っていながら、わかっていながら師匠の笑みと握り返された手を信じて聞いた。
「もちろんじゃ、儂はお前の師匠でエナのおじいちゃんじゃ……弟子にも孫にもカッコ悪いところは見せられん」
「…エナさんには、僕がしっかり伝えますから」
「うむ、頼んだのじゃ」
その場に僕がいればこの二人の戦いの前では足手まといにしかならない、それを知っているからこそ僕は後ろ髪を引かれる思いで巻き込まれない場所に移動した。
「ご武運を…!!」
どうか全ての決着がついた後、立っているのが師匠でありますように――
「…全く、心配性な弟子を持ったものじゃ」
「正気カ…?もはヤ、アナタは我に敗北しタ」
「そうじゃな、儂はもうすぐ負ける。じゃが、ただでは負けるつもりはない…かつて、友であった英雄たちのように…諦めはせんぞ!」
75年前の世界を巻き込んだ大戦争にてワァヘドは日本のように敗北した。
いくら敗戦が濃厚になろうとも苛烈な戦場で心が折れそうになっても、本国に残した家族、友達、そして国を守るために英雄たちは星になった。
その姿を、ワァヘドの兵士であり研究員でもあったアインツはよく知っていた。
明日には今日話していた仲間が消えていき、特攻兵器に乗り込んでいく者すら見送った。
大体、そいつらと話す話題は本国に残してきた家族のことであったがアインツは生憎、家族には一切孝行できず何をしているのかすらわからなかった。
そういう事情もあって聞くだけであったが、他人の家族の話は自分のように重ねられて聞いてて楽しかった。
そして、そいう言うやつらは大抵最後の遺言に家族を残して先に行くことの詫びを残していくのだ。
「そうカ…なラば、アナタには特に即刻なル死ノ救済が必要デしょウ」
「なら、友と家族の元に行く前にあの子たちのための礎になろう」
ワァヘドの未来のために戦い散った英雄たちのようにアインツも孫と弟子の未来のためにその命を使い果たすことを今一度決心した。
「【風の魔法】」
「ウォォォォォォォォォォォ!!」
敵は魔力の貯蔵を使い切ったとはいえ身体強化系の魔法は未だに健在である。
流石に死の魔法や治癒魔法などの高度な魔法の行使は厳しくなったものの、単純な肉弾戦で殴り込まれては不利であることに変わりなしである。
だからこそ、アインツは風の龍を作り出し狂乱の魔法使いに向けて放った。
「【加速の魔法】」
「【風の魔法】」
当然、そのパターンは奴に読まれている、加速の魔法でタイミングをずらすことによって難なく回避する。
だが、それをさらに予知していたアインツは風の魔法を詠唱し風の龍――ではなく、風により作られた長剣を握っていた。
「ナんだトっ!?」
「元軍属の魔法使いが接近戦が出来ぬはずないじゃろ!!」
今まで回避以外ではほぼ動かず魔法を使っていたアインツは相手の加速の魔法での回避は既に予測していたため加速し、避けた男の所まで跳躍し直剣による一閃をお見舞いした。
「効かヌゥゥゥ!!」
「じゃろうな、儂も100歳になって剣を振るうとは思っとらんかった…じゃが、痛みを感じないというのも考えものじゃな【風の魔法】」
剣で切り裂いたはずなのに【痛覚を封印する魔法】のせいで一見なんともないように振舞う男は、アインツから放たれた鎖状の風を跳躍し回避しようとしたが――
「こンな物が当たルト思っタ……動けヌッ!?」
「そりゃそうじゃろ、さっきの一撃でお前のアキレス腱を切り裂いたからの足首や足指は動かせんはずじゃ」
「なんダト…」
「それに加えて風の鎖で身動きも取れん」
本来ならアキレス腱を断ち切られれば切られた瞬間から強い痛みと共に歩行が困難になるはずなのだが痛覚がない奴には間を置かず魔法を放たれれば避けるすべはない。
その隙に風の鎖が奴に巻き付き身動きできなくした。
「こノ程度ッ!…外れヌ!?」
「どんだけ魔力を込めたと思ってるんじゃ、その程度の身体強化じゃ破れはせんぞ!!」
ぎちぎちと音を立てながら鎖をほどこうといくら力を込めようがその鎖は砕けないし、ほどけることはない。
だが、その鎖を出したアインツの残りの魔力はほとんどない、もう決定打を与えられそうな風の龍を呼び出すことも出来ない。
「じゃが、この剣があれば十分じゃ!!!」
「無駄ダ!たとエ、拘束されヨウとモアナタの攻撃ハ我には届カなイ!!」
最初から分かり切っていたことだが『ザ・ワン』を持っている奴がその能力を防御に回せばアインツに勝機はない。
剣は弾かれ、魔法は当たる前に捻じ曲げられ、当たったとしても治癒の魔法で即時回復する。
だとしても、今この状況だけは例外と言えるだろう。
「儂がいつ、お前を倒すと言った!言ったじゃろう、儂はあの子たちのための礎じゃあ!!」
アインツは跳躍し、その場から動けない奴に向かって剣を槍のように構える。
「なッ!?そレが狙イカ!!【火の魔法】【水の魔法】【風の魔法】【土の魔法】」
「無駄じゃ!儂はもう、止まれぬのじゃああ!!」
『ザ・ワン』の限界が近いのか、それとも焦っているのか基本の魔法ばかり放たれる。
火によってアインツのローブは焦げ、水によって視界を塞がれ、風によって体が切り裂かれ、土の魔法で目の前に壁が築かれる。
しかし、アインツはそれら一切を無視して突き進む、風の剣は土壁を砕き男の元にまで迫った。
「【風の魔法ォォォ!!】」
そう、アインツの狙いとは男ではなく『ザ・ワン』本体であった。
先の戦闘中も風の龍で何とか破壊を試みはいたものの相手の警戒もぶっちぎりで高かったので破壊できなかったそれを、彼自身の死が確約された今なら破壊できると踏んだのだ。
「あぁァァァぁぁぁァァァァァ!!!」
剣の頂点が珍妙な冠に突き刺さり、その直後ピシっと鳴ったと思えばひび割れていく。
それと同時に、奴の体を支配していた全能感そして各種魔法たちが消えていく、その中でも【痛みを封印する魔法】が切れた男は絶叫していた。
「師匠!!!」
だが、絶叫はただの絶叫ではなく魔力を乗せて放たれたせいか周囲のものを、師匠も吹き飛ばしていく。
その戦いの一部始終を影から見守っていた阿歩炉は駆け出し何とかキャッチする。
「…阿歩炉、儂はやったか?」
「はい、師匠はやり遂げたんですよ。師匠の勝ちです…っ」
全てを文字通り出し切った表情の師匠を抱え勝利を宣言しようとしたその時『ザ・ワン』を破壊されたはずの奴からものすごい魔力が渦巻く。
「どうやら…『ザ・ワン』を完全には破壊できなかったようじゃ…今、残りの処理能力を使って【治癒の魔法】を発動させておるな」
「ち、治癒の魔法!?じゃあ、師匠が負わせた傷も回復されるってことじゃ……いや、安心してください。後は、僕がやります」
風の鎖も消え去り、治癒の魔法によって切られた足の健も再生している。
だが、そこでザ・ワンは限界になったのかボロボロと崩れ、煙のように消えていった。
(勝てるのか…?)
もはや『ザ・ワン』がないとはいえ、それでも相手が優れた魔法使いであることには変わりない。
先ほどの、治療で魔力を使い切っていればいいのだが、感じる限りでは魔力はまだある。
「……何をビビっとる。儂は、やるべきことをやり遂げたぞ…なら、次はお前の番じゃよ阿歩炉」
「師匠……でも、僕がそもそも来なきゃ、師匠に会わなきゃ…「黙れぇ!!」…ッ!」
既にボロボロで、僕が支えなければその瞬間に死んでしまいそうな師匠が大声を上げた。
そのことで、胸の奥に抑えていたはずの涙と、悲しみが共に頬を伝って下に落ちていく。
「言った…じゃろ、テロ組織と『ザ・ワン』を放っておけなかった…だけじゃよ」
「…師匠」
「もし、お前が思っている通りだとしてもここで後悔するのは儂とかつて戦った英雄たちへの冒涜じゃよ。じゃから……胸を張れい!!」
「はい、本当の本当に…ありがとうございました。ありがとうございました……師匠のおかげで、僕は希望を持てました」
涙は滝のように落ちても止まらない。
いくら感謝してもしきれないほどの恩を師匠から受けたのに、僕はそれを何一つ返せないことがこんなに心を揺さぶるなんて知らなかった。
「…そうか、お前と一か月ばかりの生活は中々に楽しかったぞ。儂に二人目の孫と友ができたようじゃった」
「……ッ」
「あの日、言ったな。“それでも、僕は帰りたいんです”と…」
「はいぃッ!!」
「なら、諦めるな…“それでも”じゃろ、最後まで諦めるな…儂も、少しだけなら力になってやるのじゃ……その道を、舗装してやるのじゃよ」
言葉はもう出ない、何も考えられない――心が震えて収まらない。
そんな僕の手を、しわくちゃな手がゆっくりと包み込んでくれる、優しくて、暖かくて、ゆっくり消えていくそれを僕も掴み返した。
「…正真正銘、儂の最後の魔法を受け取ってくれなのじゃ【風の魔法】」
「ッうぐっ…」
師匠の魔力が僕に流れてくる。
一か月間、毎日受けてきたものとはまた違うそれをこのタイミングで再び僕は受けている。
吐き気はもうない、涙と心の痛みだけがこみ上げてくる。
「…生きろ阿歩炉。決して、儂のように道を間違えるじゃないぞ。どうか、家に帰って“ただいま”と言ってやるのじゃ」
「うん……!!帰るよ、たくさん辛いことも、悲しいことがあっても、あったとしても…挫けるかもしれないけど、僕は最後まで諦めないよ。師匠が、諦めなかったから…」
「最後まで情けないの…じゃが、お前らしいのじゃ」
涙を必死にぬぐって、最後は笑顔でいようとしても情けない表情を変えられそうもない。
こんな、顔じゃ師匠が安心して逝かないと思ってもダメだった――けど、最期に師匠はほんのりとした優しい笑顔を見せた。
「…なんだ、そこにあんたはおったんじゃな」
「え…?」
そのまま、すとんと地に手がついていく。
意味深な最期の言葉は、僕に誰かを重ねていたのかもしれない。
「体は回復しタ。これナラ、我が負けルこトはないィィ!!」
咆哮する男、体に傷はなく既に回復しきったようだ。
「…いや、負けるよ。僕…いや、僕たちが勝つから」
覚悟を決め、師匠の亡骸を出入り口に置いた後、奴と向き直る。
・スキル【風の賢者の加護】を取得しました。
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