第13話・風の賢者



「何というか……実家のような安心感を感じますね」

「儂らの山よりも手入れはされているようじゃがな」


 さて、エナさんが魔法を習得した翌日。

 僕たちは早朝には家を出て、始発に乗り数駅乗った後、降りた途端に目に入る山々が目を楽しませる寂れた無人駅にたどり着いた。


「なんでわかるんですか?まだ、駅の前から動いてないですよ」

「【身体強化の魔法】の応用じゃよ。下手にやると失明するから、やるならゆっくり魔力を注ぐんじゃぞ。痛み始めたらやめるんじゃ」

「ひぇ!?」


 師匠の言葉の前半の方だけ聞いてすぐ実践しようと魔力を集中させてみようと思ったら、後半の言葉を聞いてひゅっと肝が冷えるのと同時に魔力を抜く。


 【身体強化の魔法】は便利なのだが、長く使えば僕のように全身筋肉痛になる。

 これは、通常はありえない限界を超えた動きを筋肉がするからであって、それが慣れたから痛みが抜けた。


 もし、特訓中に最低限しか動かしていない目に魔力を集中させて拡大させてみれば風船に空気を入れすぎたあの時のように破裂するだろう。


(なら、移動中にちょっと練習してみるか)


 師匠曰く、僕の体内での魔力制御は十分一人前とのことらしいので暇つぶしに少しやってみることにした。



「おじいちゃんまだ、着かないの?」

「安心せい、儂らはちゃんと向かっておるよ」


 だが、もうすぐ2時間が経過する頃、目に魔力を集中しすぎてちょっと目が疲れて来ても一向に見える景色は山、森、木であった。


 森と木は同じようなもんだろうと思うかもしれないが、目を強化したり魔力を抜いたりしていた僕の目には拡大された木と遠目から見える森見えている。



「ていうか、すごい友人さんはどうやって組織のアジトを調べたんですか?連絡したの昨日の今日ですよ」

「簡単じゃよ。昨日、お前が倒した団員に発信機をつけておいてその位置を特定してもらっただけじゃ」

「ま、待ってください。僕の記憶が正しければ、その団員は警察に任せたんじゃ…?」


 昨日の記憶を思い返してみても、アイツらを僕がぶっ飛ばして早々に退散した記憶しかない。

 もし、師匠が通報していなかったとしても商店街の誰かが通報するだろうし、お縄にかかっているはずだ。


「あれ嘘じゃ」

「う、嘘!?って、どういうことですか!もしかして、逃がしたんですか?」


 言われてみれば、僕たちは警察が来る前に立ち去ったため実際に警察が来たところを見ていないどころかサイレン音すら聞いてなかった。

 もっとも、この世界の警察がパトカー使ってサイレンを鳴らしてくるとは知らないが。



「その通りじゃ、手がかりの一つもない状況では後手に回らざるを得んからの、強硬な策を取るしかなかった、エナからも聞いたじゃろ?」

「それは…そうですけど……」


 もし、あの場で団員を回収して尋問をしたとしても、エナさん曰く奴らは捕らえたとしても教団員たちは軒並み会話が成立しない。


「つまり、おじいちゃんはあの人たちをわざと見逃したってことだよね?でも、普通に捕まっちゃわない?」

「“普通”はそうじゃな、だが儂の魔法を忘れたかの?」

「……人払いと風の魔法」


 そもそも、最初から違和感があったのだ、店に出てみれば悲鳴も一つも聞こえない、誰一人も外に出ていない。

 あの時は、『アポロの徒』が現れたからと思っていたけど、師匠が昨日使った人払いの魔法、どれほどの効果があるかわからないがそれくらいしか思いつかない。


 そして、いつぞやに僕に使った耳に直接音を届ける魔法、もしあの逆も可能なら戦闘音をシャットアウトして気づかせないということも出来たのではないだろうか。



「師匠、もしかして最初からそのつもりでした?」

「エナの才能以外はの」


 これまでの出来事は、むしろ出来すぎていると言ってもいい。

 と言うか、あの時に人がいないと言った後、少し師匠が言い淀んでいた時点で違和感を抱くべきだった。


「その、それってやっぱり僕の…「違うわ」」

「気に入らないテロ組織を、ザ・ワンをぶっ潰しに行くだけじゃ。お前のことは関係ないのじゃよ」

「そうですか…ありがとうございます」


 師匠の言葉に、スキルのことを知らないエナさんは首を傾げているが全てを知っている僕からすれば素直じゃない姿に少し表情を綻ばせてしまう。


 その時だった、師匠のスマホが勢いよく振動する。

 懐から取り出し、ちらっとメールを少しため息を吐いた後、すぐに戻した。


「師匠、一体どうしたんですか?」

「古い友人からでの、奴らが予想通り家に来たわい。今頃、もぬけの殻になった家を探している頃じゃろうよ」

「お、おじいちゃん!それって、私たちが家にいないってことがバレちゃうってことだよね?」


 そう、もし僕たちが家にいないことがわかれば、当然そこに割かれていたであろう戦力は基地に戻ってくる可能性が高い。

 その上、師匠を倒せると推定される戦力がだ。


 実質的に囮のような役割を担っていた家のことがバレるのも時間の問題だろう。


「うむ、阿歩炉。いずれ、儂らが基地に向かっていることもバレるじゃろうな。これは、急ぐ必要がある……阿歩炉、エナを抱えて運びなさい」

「えぇ!?私が、阿歩炉さんに!?」

「なんじゃ、不満かの?我慢せい、お前と一緒に歩くよりも阿歩炉が抱えた方が早い、儂がやると腰をやりかねないのでな」

「う、うぅ…わかったよ!よろしく、お願いします阿歩炉さん」

「なるべく揺らさないようにするので、失礼しまして…よっと!」


 慣れない手つきで彼女をおんぶしたその時、阿歩炉の心は水面に何一つ乱れの無い湖のように平坦であった。

 やはり、思春期。女の子に触れるというのはそれ相応に緊張するものであり、それは異世界に行っても変わらなかった。


 しかし、師匠の孫に邪な感情を向けるなどあってはならないと自制したのである。

 心を無に、あるのは日本に帰って見せるという使命感――それが、阿歩炉の心を静めていた。



「うぅ、私臭くないよね…?髪も大丈夫かな?」

「阿歩炉、行けるな?」

「YES!師匠!!」


 例え、彼の心の悪魔が『女の子の匂い!』『めっちゃい匂いするぞ!』『なんか柔らかいの当たってるぞ!』と呟こうが、彼の自制心の前では例外なく砕けていった。


 しかし、心を澄み切らせた代償に阿歩炉は少しばかりおかしくなっていた。


「ついに、おかしくなったか…儂についてこい!」

「YES、師匠!」

「おじいちゃん!阿歩炉さんがおかしくなっちゃった!」

「安心せい、いつもこんな感じじゃ!」


 そんなわけがないのだが、おかしくなった阿歩炉が何か言うこともなく【身体強化の魔法】を発動させ体幹に意識して力を込めて走り出した。



「うわぁ!?早い、早い!」

「ふっ、意外と早くなったの……これなら、もっとペースを早くしてもよさそうじゃ」

「YES、師匠!!」


 アインツはその姿とは想像できないほどのスピードで走っていく、その背中を見て頌し笑みを浮かべながらエナを抱えているとは思えないほど軽やかに坂を駆け上がっていった。


 だが、あまり走った経験のない坂とアインツがさらにペースを速めたことによって阿歩炉の体力は着実に削られていった。


「うっ」


 そして、そのしわ寄せを一番に食らったのは阿歩炉に背負われているエナであり、体幹がぶれ始めてきたことによって乗っていた彼女は酔い始めていた。


 だが、せっかく運んでくれている彼に掛けるわけにはいかない。でも、今の状況的に途中で下して休憩させてほしいとも言いずらい。

 そんな、彼女のできる手段はただ耐え続けることであった。



「ついたようじゃ、もらった情報だとこの辺りを示しとる」

「示しとるって…はぁ、はぁ…あ、下ろしますね」

「…ありがと」


 師匠の後ろをついて行って到着したのはどう見ても他と変わらない山と森と木であった。

 と言うか疲れすぎて、頭が回らないしずっと背負っていたエナさんはぐったりとその場に座り込んでしまった。


「そうじゃ、“見た目”はただの森じゃな…じゃが、魔力を感じ取ってみるのじゃ」

「魔力…本当ですね。ただの森のはずなのにここだけ薄い魔力を感じます」


 ただ、この魔力の妙なところは僕たちの体内にあるように固まっているような感じではなく、まるで魔力のベールが覆いかぶさっているように感じ取れた。


「これは、【幻影の魔法】に類する魔法じゃな。魔道具の可能性もあるが、さっさと破るとするぞ」


 魔道具、それは魔法が使えない人が魔力を注ぐことによって魔法を発動させるものの総称である。

 だが、魔力を扱える人の大半は普通に魔法が使えるため需要があまりなく、電気で使え誰でも使える家電の方が便利だと結論づけられたものだ。


 しかし、限定的とはいえ魔法を再現できるのは素晴らしいし、幻影の魔法を習得しなくても使える、魔力を注いでいれば勝手に発動するなどの利点がある。


 使われなくなったのはひとえに戦争が終わり、魔法使いの母数や危険な魔道具を使う必要がなくなったからなのだ。


「あの、破ったら…来ますよね?」

「来るじゃろうな、じゃから覚悟しておくんじゃ!【風の魔法】」


 詠唱と共にどこからか風が吹き荒れドーム状に覆っていた魔力を風が包んでいく。

 すると、突然ガラスが割れたような音が響いたかと思えば現実が崩れ、否――虚構が崩れ現実が姿を現した。



「こんな近くにあって私が気が付かないなんて…!?」

「…来ます!」


 そこには、木々が生い茂るこの場に似つかわしくない、まるで日本の石油コンビナートから直接転移したのかと勘違いしてしまうような巨大な工場が建っていた。


 だが、驚いている間もなく工場内部から警報音が鳴りだし続々と黒ローブの『アポロの徒』の構成員が現れた。


「侵入者だ!総員、迎撃開始!」

「【【【【【【斬撃の魔法!】】】】】】」


「後方部隊は、銃撃開始!!」

「「「「「「了解!」」」」」」


 あ、終わった。出オチにも程がある、もう駄目だと、頭の中で勝手にエンドロールが流れるかのように走馬灯がよぎっていく。

 目の前にあるのは、無数の斬撃と銃弾の嵐、普通に考えてこっから巻き返せる確立はゼロだし、煙の魔法じゃ攻撃は防げない。



「【風の魔法】」



 だが、その懸念は途端に取り除かれた。

 師匠が、そう呟くだけで目の前には本来、天に向かうはずの嵐が真っすぐと奴らの魔法も銃弾も食らい、抉りながら目の前にいた構成員たちを吹き飛ばしていった。



「行くぞ、阿歩炉、エナ」

「「…僕/私いる!?」」


 その光景に僕たちはそう言わざるをえなかった。

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