第2話 相席ショートケーキ②
「いきなりごめんね。
てへっと、舌を出したこの人は
「だから、お願い! 相席させてくれない? ほら、見ての通り満席で待たなきゃいけないから」
この人は一体何を言っているのだろうか。
たしかに店内は満席だった。
だからって、そんな行動に出るか普通?
僕だったら、絶対にそんなことできない。
友達ならまだしも、僕と八雲さんはただのクラスメイトでしかない。
なんなら、話したことなんて一度もない。
それなのにこんなことを簡単にやってしまう八雲さんの行動力に逆に感嘆してしまった。
「別にいいですけど・・・・・・」
「ほんとに!? ありがとう!」
八雲さんが俺の前の席に座った。
「てか、超いい匂いするんだけど、何食べてたの?」
「……ハンバーグです」
「え~めっちゃいいじゃん~! 私も食べようかな~。お腹ペコペコなんだよね~。メニューってこれ?」
「……はい」
八雲さんはメニューを手に取ってテーブルの上に広げた。
「あ~これだ~! 私が気になってた季節限定のショートケーキ!」
どうやら八雲さんのお目当ては季節限定のショートケーキだったらしい。
「これが食べたかったんだよね~。あっ、もしかして三鷹君が食べたハンバーグってこれ?」
八雲さんが僕の食べたハンバーグのページを指差して言った。
「そうですね。それです」
「じゃあ、私もこれにしようかなぁ~。ソースは何にしたの?」
「デミグラスソースです」
「ふ~ん。美味しかった?」
「はい」
「じゃあ、私はクワトロチーズにしよっと!」
注文するものを決めた八雲さんは元気な声で店員さんを呼んだ。
完全に八雲さんのペースだった。
さすがのコミュ力というべきだろうか。
八雲さんは誰に対しても同じような態度で、ほとんどのクラスメイトと仲が良いという印象だった。
一度も話したことがない僕とでも、まるで友達だというような感じで話しかけてくる。
だから、八雲さんを前にしても女性と話をするのがあまり得意ではない僕はあまり緊張をしていなかった。
注文を取りに来た店員さんに八雲さんは丁寧な言葉遣いで注文をした。
「いや~。それにしても、三鷹君がいて本当に助かったよ~。三鷹君がいなかったら、きっと別のお店に行ってたなぁ~。だから、本当にありがとね!」
八雲さんが太陽のように眩しい笑顔を向けてきた。
その笑顔があまりにも眩しすぎて僕は直視できなかった。
「でも、三鷹君はもうご飯食べたんだもんね。もしかして、帰るところだった?」
「いえ、まだケーキが残ってるので、もう少しいるつもりでした」
「そっか~。ちなみに何ケーキを頼んだの?」
「季節限定のショートケーキです」
「マジ!? もしかして、三鷹君も季節限定のショートケーキがお目当てだった感じ?」
「いや、僕はお店に来てから決めましたね」
「そうなんだ~。三鷹君フォトスタってやってる?」
「はい。一応……」
「やってるんだ! アカウント交換しようよ!」
正直、趣味アカウントなので同じ学校の人や知人に教えたくはないんだけど、八雲さんからの圧が凄かったので、僕は八雲さんとフォトスタのアカウントを交換することにした。
「もしかして、三鷹君って趣味がカフェ巡りな感じ?」
「……はい」
僕がフォトスタに投稿しているのは訪れたカフェの写真だった。
ちなみに八雲さんのフォトスタに投稿されている写真はというと、ザ・青春といった感じの友達と一緒に写った写真がたくさん投稿されていた。
フォロワーも僕の何倍もの人数がいた。
「マジ!? 私もカフェ巡りが趣味なんだけど! じゃあ、リア垢じゃなくて、カフェアカウントの方を教えればよかったじゃん! そっちも教えるね!」
その言葉の通り、八雲さんのカフェアカウントからフォローされた。
カフェアカウントですら、僕の何倍ものフォロワーがいた。
「まさか同じクラスにカフェ巡りが趣味の人がいたなんて! てかさ、三鷹君と話するの何気に初めてだよね?」
「そうですね」
「え~もっと早く話しかければよかったなぁ~。なんか二ヶ月損した気分」
がっくし、という効果音が見えそうなほど大袈裟に八雲さんは首を落とした。
「まぁ、いいや! 今日こうやって出会えて三鷹君がカフェ巡りをしてるって分かったし!」
しかし、すぐに顔を上げて、満面の笑みで僕の事を見た。
「ねぇ、三鷹君! よかったら、私と……」
「お待たせいたしました~。ハンバーグになります~」
八雲さんが何かを言おうとしたタイミングで女性店員さんがハンバーグを運んできた。
「うわぁ~! 超いい匂い~! 美味しそう~!」
運ばれてきたハンバーグに八雲さんはスマホを向けて写真を撮り始めた。
「お客様。ケーキの方はいかがなさいますか? また後程、お連れの方と同じタイミングでお持ちいたしましょうか?」
女性店員さんが僕にそう聞いてきた。
そういえば、僕は八雲さんのお連れの方になっているんだった。
持って来てもらってもいいけど、八雲さんがこれからハンバーグを食べるのに僕がケーキを食べるのはどうなんだろうか。
そう思ってチラッと八雲さんの事を見ると目が合った。
「私のことは気にせずに先にケーキ食べてもいいよ?」
僕が迷っていることを感じ取ったのか八雲さんがそう言った。
「すみません。もう少し後でお願いします」
「かしこまりました~。では、彼女さんと同じタイミングでお持ちしますね~」
八雲さんのことを僕の彼女だと勘違いした女性店員さんは微笑みを浮かべて立ち去っていった。
「彼女だって~! まぁ、三鷹君と待ち合わせしてますって言ったから、そう勘違いされてもおかしくないかぁ~!」
僕の彼女と勘違いされた当の本人は可笑しそうにケラケラと笑っていた。
「私が三鷹君の彼女だって~。嬉しい?」
テーブルに頬杖をついて、ニヤニヤと笑いながら八雲さんがそう聞いてきた。
八雲香澄さんの彼氏になりたい男子が一体どれほどいるのだろうか。
よく考えたら、気軽に相席を承諾したけど、この状況を同じ学校の人たちに見られたら、僕の学校生活が終わってしまう可能性があるのではないだろうか。
ふと、そんなことが頭をよぎった。
「もぉ~何か言ってよ~」
「すみません。別のことを考えてました」
「まぁ、いいけどね~。てか、本当にケーキ後でよかったの?」
「はい。僕だけ先に食べるのはなんか申し訳ないかなって」
「え~気を遣わせちゃってごめんね。もしかして、本当は相席するの嫌だった?」
「嫌だったら、相席なんてしませんよ」
「ほんとに?」
「……はい」
「あ~、今、ちょっとだけ言い淀んだ! やっぱり迷惑だったよね。ごめんね」
八雲さんが申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
八雲さんと相席をすること自体は本当に嫌ではなかった。
ただ、さっきふと頭をよぎったことが気になっただけだ。
別に同じ学校の人たちにこの状況を見られなければ何の問題もない。
今のところは、店内に八雲さんのことを知っている人はいなさそうなので、おそらく大丈夫だろう。
「あの、本当に嫌とかではないんです。ただ、僕と一緒にいるところを同じ学校の人に見られたら、八雲さんに迷惑がかかるかもしれないなって……」
さっきの女性店員さんみたいに僕たちがカップルだという噂が広まった日には僕だけでなく八雲さんにも迷惑がかかると思った。
そうなったら、申し訳なさすぎて、教室で八雲さんとどんな顔をして会えばいいのか分からない。
「はぁ~。なんだ、そんなことかぁ~。心配して損したぁ~」
八雲さんは大きなため息をついて安堵の表情を浮かべた。
「そんなのどうでもいいって~。もし、さっきの店員さんみたいにカップルだって思われたら、その時はその時で本当に付き合っちゃおうよ!」
本気で言っているのか、冗談で言っているのか分からなかった。
「さすがに冗談ですよね?」
「さぁ~、どうだろうね~? いただきます~!」
話をはぐらかした八雲さんは元気よくいただきますをして、ハンバーグを口いっぱいに頬張った。
☆☆☆
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