Episode.19:自立型『エンレオナ』エルパオルモ
徹底抗戦だ。と、ネアスとルークが宣言すると、イクスはそれはそれは愉快そうに顔を歪ませる。
「これはこれはぁ、嫌いではないですよぉ。そういうの。でぇすがぁあ、それは蛮勇とぉいうものなのですねぇえ」
「ハッ! そう言ってられるのも今だけかも知れねぇぞ?」
「ん、今にボコボコする。ルークが」
「オレかよ。ま、無理に戦われても困っけどさ」
ここでネアスはこれまでのことを整理する。ネアスたちの勝利条件は、シャル含め三人でこの場を脱出すること。失礼な話だが、ルークが勝とうが負けようが、脱出さえできてしまえば全て良しなのだ。
ルークと違って戦えない自分になにがてきるのか、なにをすべきなのか、その一点に思考を絞る。
「友人一人のために命を張るとぉ……。まさに素晴らしぃい友情というものなのでしょぉうねぇえ。ですが」
「ッ!」
イクスが一歩下がって、踵で地面を叩いて音を響かせると、たちまちネアスの足元が消え去った。
ようやく地面に足がついたと安心できたのも束の間。再びネアスの体は真下へ引っ張られる。
「ネアス!」
落ちていくネアスに手を伸ばすルーク。彼なら届く。前回とは違いルークには安定した足元があり、腕を伸ばせば十分にネアスを掴める位置。
――だが手は届かない。
「……テメエ」
「そんなに怒らないでぇくださいよぉお。別に殺したりしませぇんからぁあ。ただぁ、邪魔でしたので一先ずぅ退場してもらおぉうとしただけなんですからねぇえ」
ヘラヘラと笑うイクスがルークを妨害したのだ。それに気付きながら、ネアスはやはり慣れない落下の感覚を味わう。
どんどんと上の状況が見えなくなっていき、やがて視界は闇に包まれた。
◇
「まずいな」
今は閉じているが、ネアスが落ちた辺りの地面を横目で見ながら呟く。
ルークの正面にはイクスと名乗る狂人が一人。その手にはどこから取り出したのかもわからない、管が巻き付いた大きなタンクのついたライフルのようなものを持っていた。
ネアスとシャルが心配ではあるものの、二人のことを考えるなどという自分に隙を作る行為はできない状況。
仕方がないとルークは割り切って、構える。
そんなルークの様子を見たイクスは、何故か武器であるライフルを地面に向ける。それに一体なんの意図があるのだろうか。ルークは精一杯頭をぶん回す。
そんなルークを笑うように、イクスはその翡翠の瞳を怪しげに光らせた。
「私ぃ、戦いは専門外なんですよねぇえ。なので……」
薄汚れた白衣の内へと手を伸ばし、迷うことなくなにかを取り出した。それはなにかのスイッチのようで、あからさまな赤いボタンが付いているだけの無骨なものである。
イクスは叩くようにボタンを押す。するとイクスの奥に見える開けた空間の地面に切れ目が入っていくのがルークの場所からも見えた。
「な、なんだ?」
なにかが起ころうとしている。しかも飛び切り恐ろしいのが。
ルークは冷や汗を流し、イクスの背後から頭を出し始めた。ゆっくりと、ゆっくりとその全貌を明らかにしていく。
「まじ、かよ……」
驚愕を含んだ音を溢すルーク。
イクスの背後にあるのは、そびえ立つのは、山の如く巨大な存在であった。
「僕の新たな発明品なんですねぇえ! なんとぉ、自立型兵器としてぇ活用可能な『エンレオナ』なんです! エルパオルモォ。それがこの『エンレオナ』の名ですぅ!」
「じ、自立型、『エンレオナ』。エルパオルモ……」
ルークもネアス同様、シャルから『エンレオナ』の話を聞いたことがある。もっともネアスと違って物覚えも良くなく、さらに覚えようともしなかったためほとんど知識として残ってはいない。
だが、そんなルークにも記憶として残っているものがある。
『私、いつか自立型『エンレオナ』を作るんだ!』
ある日、シャルはルークとネアスに夢を語った。
『そしたらさ、みんながもっと暮らしやすい、暖かくて優しくて……そんな幸せな世界へ繋がる一歩になると思うんだよね!』
「ちっ!」
ルークは大きく舌打ちした。
一人の少女が夢見た、世界をより良くすると希望を見出した技術は人を傷つける兵器として利用され、今ルークの目の前に立ち塞がった。
◇
「――――」
突如開いた穴に吸い込まれるように落ちていったネアスは、特段焦るようなこともなく、なんだったら少し拍子抜けだと言わんばかりの表情を浮かべていた。
これはネアスが落下することに慣れたとか、一周回って恐怖を感じなくなったとかではない。ただ単純に恐怖も感じないほどゆっくりと滑り降りているのだ。
もはや落ちてもいない。ただ暗い穴を滑り降りているだけなのだ。
這い上がろうにも穴の壁は滑りやすい素材らしく踏ん張りが効かない。故によじ登ることはほぼ不可能。もっとも、たとえよじ登れようとネアスが落ちた床の穴はとっくに閉まっているため足掻くだけ意味がない。
滑りやすい素材なのにネアスがゆっくりと滑っている理由は、きっと『エンレオナ』によるものだろう。イクスがルークに使用したものと似ているような気もするが、詳しくはわからない。いくらシャルから聞いたとはいえ専門外なのには変わりないのだ。
逆に速く滑り終えてしまうのも手だろうと、体の重心を移動したり手で漕いだりもしたが速度に変化は見られなかった。もしかすると決まった速度以上にも以下にもならないような『エンレオナ』なのだろうか。
結局のところ推論でしかないため確証は持てないが、目的地につくまでの間は頭を回すこと以外できることはないのだ。ある種暇つぶしも兼ねてネアスは思案する。
「ッ!? なに?」
滑り降りている過程で触れている背中に振動が走る。それも一度ではない。何度も何度も連続して起きている。地鳴りなどではない。自然的な揺れではなく、人為的な揺れだ。
まるで不規則的に巨人が大地へ拳を入れているような振動である。
振動の詳しい発生位置まではわからないが、
「大丈夫⋯⋯かな?」
一人狂人の前に残された友への心配を口にする。
現状は信頼するほかない。ルークが強いということはネアスもシャルもよく知っている。だが、それで安心できるような相手ではないだろう。しかもルークは精神的に本調子ではない様子。あの状況で尾を引くような事態にならないことを祈るばかりである。
どこまでも未知数な相手。ルークに興味を持っているようなので、そう簡単に命を奪ったりなどはしないだろうが、四肢をもぐぐらいの残虐性を見せてくるかもしれない。
「あ」
この暗くて狭い穴の終わりが見えてきた。あまりにこの空間が暗すぎて、大して明るくもないであろう抜けた先が異常なほどに明るく見えてしまう。
いくら考えようとネアスがルークの元へとすぐさま戻るのは不可能。すぐに戻れてしまうのなら分断の意味がないので、それはほぼ確実だろう。
ルークには申し訳ないが、これからは余計なことを考えている暇はない。そのためルークへの心配を一先ずは削ぎ落とす。
狭い穴から外へと放り出されたネアスは前転して受け身を取ると、早速辺りを見渡した。ルークへの心配を削ぎ落としたのだ。その分この状況下をどのように切り抜けるかにより一層頭を捻る。
ネアスが今立っている場所は、まるで虫かごのような場所だった。白い壁と床に囲まれて、ある一方だけは全面ガラス張りのその部屋は、こちらの動向を監視するにはうってつけの牢獄である。
後ろを振り返れば、ネアスが飛び出してきたはずの穴はもうなく、切れ目一つない真っ白な壁が一面に広がっていた。
脱出できるような場所でもないかと、先程は見ていなかった部屋の奥のほうにも目を向ける。奥は埃っぽく、ネアスが立っていた場所よりも更に薄暗い。
ネアスは部屋の奥になにかの影を捉えた。場所と環境のせいで不気味に映ったが、それを確かめなければなにも進まない。それにネアスはそんなことを気にするような人間ではない。ズンズンと勇んで向かい、徐々に影がはっきりとした形を成した。
ネアスの瞳に映ったものは、
「シャル?」
「――――」
ピクリとも動かないシャルの姿であった。
◇
エルパオルモと呼ばれた自立型『エンレオナ』の踏み込み一つで、大きく地を揺らす。
迫ってくるエルパオルモを前にして、ルークは右手に意識を向ける。睨むように己の掌を見ると赤と橙が織りなす光は集まるが、ルークが求めることはなにも起きない。
「ちっ!」
舌打ちを一つしたルークは転がるようにしてその場から逃れる。一秒前までルークが立っていた地点は、エルパオルモの持つ大剣でえぐられた。
(くそっ! やっぱ力が使えねぇ⋯⋯。なんでなんだよ!)
エルパオルモはまさに規格外の『エンレオナ』であった。機動力こそ大したことはないが、八つの強靭な腕を有していて、そのほとんどが得物を握っていた。
エルパオルモが持つ得物は多種多様。先ほどルークへ向けられた大剣であったり、他にも長槍や大槌などが見受けられる。
左右それぞれ四本ずつ腕があるが、どちらとも一番下にある腕だけが得物を持っておらず、その代わり手のサイズが二回りほど大きい。
まるで武の神である。圧倒的な存在感を示しながら、悠々とルークへ巨大な大剣の刃先を向けた。
巨大なエルパオルモが暴れても大丈夫なように用意された空間だからだろう。広く、そのお陰で逃げ場には困らない。
だがこのままではジリ貧。頑丈に作られているであろう地面が、壁がエルパオルモの力を前に砕けている場所が多く見られる。地面に転がった破片であったり、そのものの地面が裂けていたりするせいで、ルークは思うように動けなくなり始めた。
――そして、ルークを追い詰めるのはそれだけではなかった。
「ぐっ……」
ここにきて、この一週間毎日行ってきた無理な鍛錬が牙を向く。限界まで体を痛めつけるような無茶を続けた結果、体が思うように動かなくなっていた。
悲鳴を上げる体に鞭を打ち、騙し騙し動いてきたが限界が近い。
なんとか、ギリギリ、皮一枚。どうにか次の一秒を繋いでいる。それもこれも全て、ルークの底力……というわけでは全くない。
今こうして命があるのも、逃げ続けていられるのも、イクスがルークの命を奪う気がないからに過ぎないのだ。
でなければ今頃潰れて血溜まりになっていたに違いない。いくらエルパオルモの足が遅いといえど、あの大量の得物があればルークの退路を断つなど容易なはずだ。
「やはりぃ、動きが少々単調になってしまいますねぇえ……。でしたらあれをぉ……。いやこうした方がぁ……」
イクスは呑気にエルパオルモの改善点とその方法を呟いていた。そんなイクスに苛立ちを露わにしたルークだが、すぐに深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
(落ち着け。警戒すらされないのはオレが弱いからだ。だからオレが悪い)
警戒されていないのも当然だ。手加減されたエルパオルモから逃げるだけで苦労しているのだ。逆にどこを警戒すればいいというのか。
思い通りにいかないことばかりである。せめて全力で戦えたらと思うも、できないものはできない。
(逆に考えろ。アイツはオレを警戒してない。だからこそ意表を突いて倒すことができるかも知れない!)
エルパオルモの猛攻を耐え凌ぎながら、ルークはイクスの隙を窺いながら少しずつ距離を詰めていく。あからさまでは駄目。あくまでもこっそりと。
一度でも失敗したら終わりだろう。だがそれはこのまま戦い続けても同じこと。結末はどちも変わらない。研究対象として、イクスがルークに飽きて処分されるまで、無様に生きているだけの存在に成り果てるという結末がだ。
(変わらねぇんだったら、足掻いた方がお得⋯⋯だろ!)
イクスがエルパオルモに視線を向け、一秒にも満たない時間であるが、確かにイクスに視界からルークが消えた。
今がチャンス、ここが勝機。距離もだいぶ詰めることができている。ルークは左足でブレーキをかけ、イクス目掛けて突貫。
全速力で走っていた状態から、半ば強引に進行方向を変更したことによって、主にブレーキに使った左足の関節が悲鳴を上げる。
必要経費だと割り切って、ルークはイクスに向けて拳を振り上げた。
イクスの瞳がルークを捉える。これがネアスのような素早く動ける存在だったら避けられて終わるだろう。けれど相手はまともに動けるようには見えない。
届く。そうルークが確信したその時であった。イクスが浮かべた感情は驚愕でも焦りでもなく、この場に似合わない心底愉快そうな笑みであった。
「ぐごっ!?」
肺の中にあった空気が全て口から溢れ出た。
(な、なにが……)
今の状態を、ルークは理解できない。イクスへと殴り掛かろうとした瞬間に、背後から巨大ななにかが衝突してきたのだ。
ルークの体は勢いよく吹っ飛んでいく。
最後にルークの視界に残ったのはエルパオルモの拳。本体は少し離れた場所にいて、どうやら拳だけ飛ばしてきたらしい。
(そんなの、あり、かよ……)
吹き飛んだルークは大きな音を立てて壁へ激突した。体の節々から不穏な異音が漏れる。
隠し玉はないだろうとたかを括っていたわけではない。だが、これは流石に予想外である。
拳を飛ばしてくるなど誰が考えようか。
まさかの攻撃に悪態を吐きながら、少し壁にめり込んだルークの意識は、深く深く沈んでいった。
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