一点の曇り

Zamta_Dall_yegna

一点の曇り

 はるか昔の時代、人々は2つの種族に分断されていた。1つは魔術を信じている種族で、困りごとがあれば儀式を行い解決するという風習がある。もう1つは魔術を信じていない種族で、1日が無事に終えればそれでいいと考えていた。2つの種族は仲が良くない上、よく問題を起こしていた。


 珍しい、緑に輝く星が輝いている日のことだ。ある王国の城で、1人の子供が生まれた。茶色い巻き毛に青い瞳を持つ、赤子だ。彼は、エレオラースと名付けられた。


 日が昇ってから、王国でパーティが開かれた。王は赤子であるエレオラースを王位継承者として広めておこうとしたのだ。どの人物も、王子であるエレオラースに贈り物を渡した。


 遠方から来た親戚が祝いの品として、疲労に効く薬草やリラックス効果のある花、金銭に変換できる宝石を贈られた。が、子供が使うには難しいものばかりだった。王は受け取るなり、エレオラースの為に用意した金庫にそれらを入れた。


 エレオラースの15回目の誕生日に、彼は王から金庫の鍵を渡された。

 「これは何の鍵ですか?」

 「それは、お前の金庫の鍵だ」

 彼は早速、金庫へ向かって鍵を開けた。中には枯れたガラナの種子と芍薬の根と種、宝石が入っていた。

 「それらはお前が生まれた時に、親戚から貰ったものだ。皆、お前の健康と成長を願っていた」

 エレオラースは少し考えてから、金庫の中身を取り出した。


 エレオラースは金庫の中身の送り主である親戚の話を王に聞いた。

 「こんな貴重なものを渡してくれた方々は、一体何者なんですか」

 「遠方に住まう親戚で、世界を歩き渡っている賢者だ。彼らは貧しい人や、体の弱い人を助ける活動をしている。故に普段は多忙で、会うことは少ないんだ」

 エレオラースは感心をした。

 ―何てよく出来た人たちなのだろう。それに比べて自分は、何一つ出来ていない―

 引け目を感じた彼は、王と別れた後、自室に籠もって考え事にふけた。


 悩みに悩んだエレオラースは、1つの夢を掲げることにした。それは、自分も人助けをするべく世界を歩くことだ。夕食を終えると、彼はそのことを父である王に相談した。

 「なるほど、お前は民のために旅に出たいのか。良かろう。どこへなり行くが良い」

 「ありがとうございます」

 「だが、条件がある。王族だと分かる行動は慎むのだ。万が一、正体がバレれば無事ではいられまい。良いな?」

 「承知いたしました。父上」

 エレオラースは答えると、その場から速やかに去った。彼の後ろ姿を見ていた王は、彼の背中をジッと見ていた。彼らのいる王国は魔術反対派で、魔術派に見つかればただでは済まないのだ。


 朝になって、エレオラースは荷物を揃えて旅路についた。家来は1人もつけていない。彼に今までついていた召使い達は心配したが、彼は「大丈夫です」とだけ言って旅に出たのだ。


 それからエレオラースは、カウンセラーを名乗るようになった。悩んでいる人の話を聞いたり、音が聞こえない少女に読み書きを教えた。不治の病に苦しむ者には、背中を擦って寄り添った。それを見た人々は、彼を優れた人格者だと讃えた。


 中には弟子入りをする者もおり、エレオラースの仲間は増えていった。人数が多くなったものの、親戚から貰った宝石と人々からのお礼で金銭には困らなかった。


 エレオラースの優しさに、よく通る声に人々は、惹かれ集まった。その中で、狂信者と批判者が生まれる程に、彼の影響力は強かった。


 信者が増えたことにより、魔術派の勢力が削がれた。それをよく思わない魔術派の王は、彼を処刑しようと考えた。エレオラースの弟子の中で、最近の彼に対してよく思わない人物がいた。名をフォテスといい、1人の病弱な娘を抱えている。それを知っていた王は、彼を利用した。


 フォテスは、エレオラースの弱きものには優しいが強き者には従わない精神を嫌っていた。

 ―人格者だと持て囃されているが、彼は持て囃されたいだけの俗物じゃないか―

 そんな彼に、豪奢な服を着た男が近づいて来た。

 「フォテスさん、ですかな」

 「ええ。如何にも」

 「貴方に頼み事がありまして、来た次第です」

 フォテスは、身構えた。不穏な気配を感じ取ったからだ。

 「貴方が弟子入りしているカウンセラーさんなんですが、一体何者なんですか」

 これは、エレオラースが敵国の王族であるかを確認するための問いだった。

 「あの人は、多分高貴な身分のお方ですよ。詳しくは知りません」

 フォテスの答えに男はニヤリと笑うと、彼の肩に手を置いた。

 「そうですか。それが本当なら、彼はエレオラースですね。彼を捕まえたいので、協力してくれませんか。報酬は、お嬢さんの治療費ということで」

 フォテスは目を見開いた。

 ―エレオラースと言ったら、魔術反対派を謳う王国の王子じゃないか。なんでそんな奴が、身分を隠してあんな旅をしていたんだ。こいつらに捕まったら命など無いのに―

 彼にとって娘の治療費は、喉から手が出るほど欲しいものだった。が、それと同時に悩んだ。金と命が同等の扱いを受けて良いのか、と。

 「拒否権はあるのか」

 「そうですね。拒否したら、お嬢さんの命は無いと思って下さい」

 フォテスは拳を強く握り、俯いた。男のつけているネックレスの音が、反響する。

 ―命と命の取引なら、俺の取る選択は1つだけだ―

 彼は男に対して力無く、頷いた。


 湿っぽく、蒸した空気が籠もっている。そこは、魔術を信仰する国家の地下牢だった。


 目を開けたエレオラースが体を起こすと、ガラッと何かが落ちる音が響いた。床についた手の横には骨が転がっていた。細長いそれは、どこの部位の物かは分からないが、彼の今後の運命を知らせるには十分だった。彼は、こんなところにいる事実に恐怖を覚え始めた。


 エレオラースの入っている牢屋の反対側に、他の人が入っている。彼と同じくらいの背格好に、茶色い髪を肩まで伸ばしていた。心細かったエレオラースは、その男を見て安堵した。 


 エレオラースが話しかけると、男に嫌な顔をして、顔を背けた。

 「俺は未来が無いんだよ。放っておいてくれ」

 「落ち込まないで。君に何か悪いことが起きても、誰かが来てくれるはずだから」

 ふと、男はエレオラースの方を見た。

 「誰かって、誰だよ」

 「君をずっと見守ってくれている存在さ」

 エレオラースは懐から、薬品を取り出した。遠方の親戚から貰った花で作ったものだ。彼はそれが入ったビンを転がして、男に渡した。

 「これは、何だ?」

 「薬だよ。苦しくなったら飲むといいよ」

 最初は訝しげに聞いていた男だったが、エレオラースの優しさと声が通じたのか、心を開いた。そして、その薬を飲み干した。

 「なんだか、心が安らぐな」

 男の眼差しには、光が芽生えかけていた。


 断頭台には、紙で出来た王冠をかぶらされている男がいた。王冠は王族の証として飾られたようだ。だが、全裸に局部を葉で隠すのみで、とても王子に対する対応ではなかった。

 「今から、王子エレオラースの処刑を始める」

 処刑人が宣言をして、呪文の書かれた槍を構えた。


 これは、彼らの言葉で言うと『処刑の儀式』という名の下に、罪人を辱めて処刑するための行為だった。魔法陣や、魔術具を使ってそれらしく振る舞っているだけであった。


 その男に、観客や処刑人の罵倒や嘲笑が降り注ぐ。木の柱に括り付けられ、下から火で炙られようとも、彼は目を閉じて辛抱強く耐えた。が、それも槍で腹部を貫かれるまでだった。

 「助けてくれよ!誰か!」

 男は泣き叫んだが、周囲は笑うばかりであった。その後も、意味をなさない発言を次々として、彼はついに事切れた。


****


 処刑の終わった丘に、1人の男がいた。辺りは静寂に満ちていて、処刑道具すらも残っていなかった。だが、地面に染み付いた血の匂いが、消えずに残っていた。遠くでは、幼い子供の泣き声が聞こえる。


 男の目に光はなく、地面を見つめるばかりであった。彼が、掠れた声で地面に語りかけると、水面に出来た波紋のように、響き渡った。

 「ごめんなさい。騙したりして」


 彼を見たものは、こういうだろう。エレオラースが生き返った、と。

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