石と妖魔と鉱物マニア~宝石師ラピスの魔宝石収集記~

吉武 止少@捨てられ社畜発売中!

第1話 宝石師ラピス



「おい、ラピスよぉ……そろそろ行こうぜ?」


 フード付きの外套を身にまとったラピスに声をかける。

 が、ラピスは瞳を輝かせたまま並べられた品を見つめていた。俺の声なんぞ聞こえてないかのよう……ようっていうかマジで聞こえてないんだろうな。


 ラピスはだ。


 宝石は元より、精錬された金属や磨いた鉱物……はたまた掘り出したばかりのクラスター結晶まで、石に関連するものなら何でも大好きという変人である。


 だからこそたかだか15、6の癖して目利きから研磨に至るまで、全てを極めて超がつく一流の宝石師ラピダリーになれたんだろうが、きれいな石を見つけるたびに銅像みたいに固まられたら、たまったもんじゃない。


「こんなとこに良いもんあるわけねーんだからよぉ。どうせ質の悪い石か、偽物だろ?」


 幌で簡単な屋根を作っただけの露店に並べられているアクセサリーは、そもそもが安価なものだ。だから詐欺の類ではないのだが、安かろう悪かろうで碌なものがない。


「失礼なこと言わないでよ、ダグ。見てこの菱マンガン鉱ロードクロサイト……牙状結晶の形を生かす形でペンダントトップにするなんて、作ったやつもなかなかじゃない」

「……柔らかい石だから加工をあきらめただけだろ?」

「はぁぁぁ♡ この子、本当にかわいい……!」


 俺のツッコミを無視したラピスはため息を吐きながらも再び商品見物に戻る。

 こうして眺め初めてから既に二時間。


 店主らしき老人も最初は商機だと思ったのか嬉々として見物を許し。

 買わずに物色するだけのラピスに窃盗や万引きを警戒しだし。

 そして今は呆れた顔でパイプを吹かしていた。


 まぁ、ラピスはただでさえ小娘だし、その上、童顔でもある。

 宝石に憧れるちびっこだと思えば微笑まし……くもないな。二時間は流石に営業妨害だ。


「ほら、ラピス。行くぞ」

「あっ、待って! まだ頬擦りもしてないし匂いも嗅いでないし、舐めたりだって――」


 してたまるか馬鹿。

 奇行を口に出したラピスだが、その言葉をぶつ切りにするように、大通りに声が響き渡った。


「私の馬車を止めるなんて、一体どういうつもりなの!?」


 立ち上がったラピスが視線を向けると、そこには身なりの良い少女と、地面に尻餅をついた老人がいた。

 少女のそばには仕立ての良い箱馬車が止まっており、御者らしき男がおろおろしながら少女を止めていた。


「お、お嬢様。相手は老人ですし――」

「黙りなさい。たかが平民が、伯爵令嬢たる私の馬車を止めるなど、あってはならないことですわ」


 不快そうに顔をしかめた少女はまだ12、3といったところか。


 陽光を受けて艶やかに輝く金髪に、きめの細かい肌。

 顔立ちは幼さが残っているもののかなり整っており、フリルをふんだんにあしらった菫色のワンピースドレスに包まれた肢体も華奢に見えた。


 本人も名乗ってたが、間違いなく貴族令嬢だろう。


 ただし、と枕詞がつくが。


 胸元には、少女には不釣り合いなほどにごてごてとしたネックレスが掛けられていた。獅子をモチーフにしたペンダントトップが紫色の宝石を咥えたデザインは、お世辞にも似合っているとは言えなかった。


「す、すみません……わしはこの通り、足が悪くて……!」

「言い訳など聞きたくありません」


 少女が掌を老人にかざす。

 青白い光――魔力が漏れ出し、すぐさま握り拳程度の炎の球を作った。

 人間が魔力を扱って起こす超常の術――魔術である。


「ルーチェお嬢様っ! 道で転んだだけの領民に何をするつもりですかっ!?」


 御者が慌てて割って入るが、ルーチェお嬢様と呼ばれた少女は止まらない。


「決まっています。私に無礼を働いたこの者を処刑するのです」

「お、お許しを……!」


 逃げることもできない老人が頭を地面にこすりつけるが、ルーチェの掌に生まれた火球が勢いを強めていく。


「……ルーチェお嬢様はどうしちまったんだ……」

「誰にでも優しい子だったのに」

「数日前からずっとあの調子だ……ああ、神様……!」

「クソ……誰か衛兵を呼んできてくれッ!」


 事態を見て騒然とする人々。


「おい、ラピス」

「うん。よ、ダグ」


 ラピスは人垣を縫うように進むと、砂色の外套を脱ぎ捨てた。

 同時、周囲の人々が息を呑んだ。


 最初に目を惹くのは、夜明けを待つ夜空のような色合いの長髪だ。

 風になびくそれは、煌めくような陽光を受けてなお瑠璃色に輝いている。


 髪色と対比するかのように、肌は白い。

 ルーチェとかいう貴族令嬢も十分に白くキレイな肌をしていたが、ラピスのそれはまるで透けるような白だ。端正な顔立ちと相まって一流の職人が作りだしたビスクドールのようにすら見える。

 だが、桜色の艶やかな唇は自信に満ちた笑みを形作り、くりっとした形の良い目は、意思の光を秘めた金の瞳が輝いている。


 生命の力強さを感じさせるような、しかし誰もが呼吸を忘れるほどの美少女。


 それがラピスだった。


 しんと静まり返ったなかをつかつかと歩いたラピスは、ルーチェの前で立ち止まるとにっこりと微笑んだ。


「……なんですの、あなたは?」

「あー、は良いから。さっさと出ておいでよ」

「あなたも私の邪魔をするというのならば魔術で焼いて差し上げ――」

「面倒くさいな。貴族の子に隠れてないで、さっさと出てきなさい、

 

 ルーチェの言葉を遮ったラピスが、手のひらから魔力を放つ。ルーチェのように属性を付加したわけではない、純粋な魔力だ。


 その光がルーチェの胸元を飾る宝石に伸びると同時、宝石からが立ち上った。

 黒いもやは空気に溶け消えることなく密度を増していき、そして植物の蔦のようにルーチェに絡みつく。

 ルーチェが悲鳴を上げるが、お構いなしに靄の蔦はルーチェの四肢を絡め捕り、頭を覆った。


 頭部の蔦は複雑に絡み合っていき、まるで獅子のような形を作っていく。

 目に当たる部分からは仄暗く赤い光を放ち、口の部分がぽっかりと開いた獅々だ。


 被り物でしかないはずの獅子が口を開く。


「よく吾輩の存在に気付いたな……貴様、何者だ」


 響いたのはルーチェのものとは似ても似つかない、野太い男の声だった。ありえない光景の連続に周囲が驚愕に目を見開くが、ラピスは笑みを崩さない。


「ラピス・ラズリー。宝石師ラピダリーだよ」

宝石師ラピダリー? をするだけの職業だろう? それがなぜ妖魔を知っている?」

「古今東西、石の美しさに魅了されるのは人も妖魔も変わらないでしょう?」

「……なるほど。過去に妖魔の憑りついた宝石に触れたことがあるのか」

「ええ。宝石の価値を下げるなんて一流の宝石師として見逃せないからさっさとぶっ飛ばしたけど」

「ただの小娘に妖魔が負けるなどあり得ぬ……大方、酔狂で見逃されたのだろう」


 勝手に納得した獅子頭の妖魔がルーチェの両腕をかざす。

 魔力の光が漏れ出て、黒い刃を形作る。


 魔術より濃密で強力――そして、人には使えないだ。


「へぇ……を使えるんだ?」

「吾輩の【斬】は人間の使うちっぽけな魔術などでは防げぬ。吾輩を――妖魔を舐めたことを後悔して死ぬが良い」

「ダグ」

「何をしようが今更遅いッ!」


 黒い刃が振り抜かれる。


 それはあっさりとラピスの胴体を袈裟に切り裂き、そのまま地面に深い傷を刻んだ。


 二つに分かれたラピスの断面から内臓がぶちまけられ、辺りが血に染まっていく。

 鉄錆のような、枯草のような匂いが辺りに充満すると、それまで呆然としていた人々がようやく我に返り、悲鳴を上げて逃げ出し始めた。


 恐怖はあっという間に伝染し、我先にとパニックになった民衆たちがぶつかりながら逃げていく。

 その背中を眺める獅子頭の妖魔は、満足げに口の端をにぃっと吊り上げた。


「はははははははッ! 口ほどにもないな!」

「そういうのは言うセリフだと思うけど」


 二つに分かたれた死体に話しかけられ、妖魔の動きが止まった。

 血と臓物をぶちまけたはずのラピスはしかし、地面に転がったままニヤニヤと笑っている。

 慌てて両腕を振るい黒刃でラピスを切り刻もうとする妖魔。死体が四、八、十六と刻まれていくがのだから無駄だ。


「ッ!? 何だ貴様は!」

「だから言ったでしょ、宝石師ラピダリーだって」


 本物のラピスは獅子頭の妖魔の胸元――憑りついた宝石の前で作業をしていた。

 自ら調合した特製の研磨剤に、魔力式の小型グラインダー。


 緻密な作業を行うにはあまりにも気安く、しかしそれこそ魔法のように紫色の宝石を研磨していく。


「やっぱり燐灰石アパタイトか。紫の発色はきれいだけど、柔らかい石なのにネックレスなんかにするから細かい傷がいーっぱい……っと、微かだけど変彩キャッツアイ効果もあるんだ。なかなかキレイじゃん」

「なっ!? き、貴様! 何をした!」

「何って、宝石のお手入れだよ」


 妖魔が飛び退いた時には、既に胸元のネックレスは見違えるような輝きを放っていた。

 黒い刃を構えようとする妖魔だが、仕事道具をしまったラピスのほうが早かった。


「宝石師ラピスが告ぐ! 神秘の輝きを秘めた燐灰石よ、自らに憑りつく妖魔を魅了せよ――封印シール!」


 ラピスの手で芸術へと昇華した石が、誰しもを魅了するような輝きを放った。


「あ……」


 獅子頭の妖魔から力が抜ける。


 強力な石には神秘の力がある。ましてやラピスによってその力を最大限まで引き出された石は、妖魔を魅了して自らの中に封じる力を持つようになるのだ。


「ひかり……かがやく……」


 獅子頭の妖魔が意味のない言葉をぼんやりと呟く。

 そして、まるで誘い込まれるかのように自ら燐灰石のネックレスへと入っていった。


 蔦の支えを失ったルーチェがくたりと地面に倒れ込む。


「ふぅ……ありがと、ダグ。あとは燐灰石アパタイトちゃんに似合う台座とチェーンを用意してあげるだけだね」

「……もう妖魔は封じられてるんだし、要らなくないか?」

「駄目だよ! あんなゴテゴテの台座じゃ燐灰石ちゃんの良さがこれっぽっちも伝わらないんだから!」


 俺の制止も聞かずにラピスはルーチェに近づき、何の迷いもなくネックレスを外した。

 腰のポーチからストックしてあったチェーンや台座を取り出し、洋服の試着でもするかのように当てがっている。


「はぁ……これ、素敵……! あっ、こっちも捨てがたい……!」


 また俺はこのが満足するまで付き合わされるわけだ。

 毎度のことではあるが、ため息が出るぜ。


 ……と、そういや自己紹介がまだだったな。


 俺の名はダグラエル。

 ラピスの胸元で静かに揺れる大粒のアレキサンドライト――その中に宿り、【欺】の魔法でさっきの獅子頭をだまくらかした妖魔。

 それが俺だ。




★大切なお知らせ★

本作は「GAウェブ小説コンテスト」にエントリーしております。この後も【魔法】を使った活躍や、鉱物・妖魔に関わる事件などが展開されていきますので「面白かった!」「もっと読みたい!」と思っていただけましたら「☆で称える」から☆☆☆で応援してくださると嬉しいです。

 三回タップするだけで作者のモチベーションが爆上がりするので是非!

 また、作品だけでなく作者もフォローしていただけると、近況ノートなども通知が来ますので便利かと思います。


 これからも本作をよろしくお願い致します!

 

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