代理人戦争

 「消魔ディスペルマジック!……あれ?」

 「私の翼なら封魔術で消せないわよ。これは私の体と同義だから」


 翼の女は淡々と淡々と、まるでそのこと分かっていないミラディを憐れむように言った。


 「なんなんだよ……お前?」

 「奇遇ね。私もこんなことしてくれちゃってなんなんだよお前って感じだわ。まあ別に私は何にも思わないのだけれど、私の神様が許さないわ」


 神……?確かにこの目の前の女はそう言った__ヤタ神様と何か関係があるのか?


 「となると私は神の代理人であり、神の意志は私の意志ともいえるのだからやっぱり私が許さないってことになるのかしらね?」


 こいつはやばい。全身が危険信号を発している。気を抜けば今にも体中のありとあらゆる穴から血が噴き出てしまいそうだ。何か俺と正反対な力を感じる__少なくともここで今戦うべき相手ではない。


 「ああ!?なに訳の分からないこと言ってるんだお前は!今の私に敵うと思うなよ!」

 

 ダメだルルゲラ。ここで戦ってはいけない。こいつは既に人間じゃないんだ。


 「やっぱりあなたね__移動しましょう」


 胴体に鈍い衝撃が入る。蹴り飛ばされたんだ。風魔術が切れたのもわかる。効果範囲外に出て今はただ飛ばされながら落下しているだけだ。


 「撤退だ!お前ら撤退しろ!俺は何とかする!」


 吹き飛ばされながらも俺は精一杯声を振り切って叫んだ。あいつらなら風に乗った声をキャッチしてくれるはずだ。


 「ッ!分かった!レジーナもう行け!」

 「ああ!ふざけんじゃねえよ!まだやれるわ!」

 「黙れ隊長命令だ!それに……あいつならなんとかして生きて帰ってくるさ」

 「……ッチ!分かったよ……飛ばすぞ!」


 3人はすぐに飛び去っていった__これでいい。あいつの狙いは俺のはずだ。レジーナだって4人連れていたら逃げ切れるかも分からない。少なくともスピードが落ちることは間違いないだろう。ならあいつらだけでも逃がすべきはずだ……おや?


 「健気ね。でもそこからどうする気かしら?」


 そうか、今までは復讐を第一に考えて復讐以外は全て切り捨てるつもりだったのに……いつの間にかそうじゃなくなっていたのか。思えばこの1か月とちょっと、様々な人と関わって来た。

 肩がぶつかっただけで烈火の如く俺を責め立てる老人。それで落ち込んでいたら花をくれた少女。なぜか腰にナイフを携えている強面の露店の店主。俺がぼったくられそうになるところを止めてくれた優しいおじさん。見も知らずの俺にお菓子をくれたおばさん。色んな人の気持ちに触れてきたな。

 段々と感情が豊かになった気がする……いや、あの日からなくなった豊かさが戻って来たのか。

 じゃあなおさら、それを捨てるわけにはいかないな。復讐はするが、それだけだ。自分の気持ちは……殺さない!


 「なんだか知らんが心戻りしたみたいじゃないか。あいつは強い。ともかくこの状況を何とかしろよ。方法はわかるはずだ」


 そうだ、今俺は落ちている。落下している。このままだと地面に叩きつけられて内臓、骨、全身ミンチ肉にされてしまう。だがなんでだろう、分かる。あの時にもらった力を使う時だと、分かる。俺の心は冷静そのものだった。


 「人神同化アシミレーション!!」


 背中、その一片の骨がうごめき、分裂し、皮膚を突き破り外へと露出する。突き出た骨は幕で覆われ、器官としての形を成す……いや……翼としての形を成す。

 俺は羽ばたいて体制を整え、大剣の女へ向かって急上昇する。


 「名実ともに……戦いはこれからだ。覚悟しろよ」

 「やっぱり邪神の手先だったのね。ちなみに……これから始まるのは戦いじゃなくて蹂躙よ」

 

 女は肩に背負った大剣を引き抜いた。華奢な体であの大剣を軽々と抜刀するほどの力があるというのは……にわかには信じがたい姿だ。力自慢の傭兵達でもあれを振るうことはかなわないだろう。

 俺も対抗して剣を生成する。


 「始めましょ」

 「ああ」


 …………速い!気づけば女は目の前で迫っていた。そのまま胴体を狙った大剣による暴力的な横なぎの一閃が襲う。俺は大剣をはじきながら後ろに飛ぶことでなんとかそれを躱す。


 「天使の梯子ヘヴンズレーザー!」

 「地獄の獄炎コキュートスフレア!」


光線と炎、ほぼ同時に放たれた互いの魔術はかち合い、相殺し、辺りには爆炎が舞い上がる。

 俺はその爆炎を突っ切る__だがそれは相手も同じだった。気づいたお互いの振るった剣は顔の目の前で交差する。


 「なかなかやるわね」

 「お前も……その力何なんだよっ!」


 互いの剣が舞い、甲高い音が響き渡る。

 ダメだ………普通のロングソードと人間サイズの大剣では剣格が違い過ぎる。このままだとジリ貧だ。

 距離を取ろうと俺は右足で相手の横っ腹を蹴り飛ばし、俺は身を引く。

 だが、距離を取った俺の体には蹴り飛ばすのに使った右足の膝から先が付いていなかった。


「アアアアアアアアアアッ!!!!」


 欠損した箇所にむしばむような激痛が襲う。あの一瞬で切り落とされたのだ。


 「いい気味ね」

 「まだだ!」


 これまた激痛が走るが、俺は魔力を消費し、ひざ下を完全に再生させる。


 「ッハー………ッ!………」

 「シャバナ。吾輩からの忠告だ。同化による再生能力を上手く使ったとこ悪いが、今のでお前本来の魔力はほぼ底を尽きた。もう切られても再生するな。地獄の魔力を使った再生は人間としての能力を失なうことにつながるぞ」


 激痛でのたうち回る頭の中に声が響いた。


 「再生……なるほどね……やるじゃない」

 「さあ!第2ラウンドと行こうか!」



 





 


 


 


 


 

 


 


 


 





 

  

 

 

 

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