青い儀式 

流山忠勝

青い儀式

 私は宇宙人と会ったことがある。

 こんなことを言って信じてもらえる人間なんて一人もいないかもしれないが、私はあの子、違う、あの化け物と近所の裏山で確かに出会ったのだ。

 

 まだサンタクロースを信じていたくらいの歳だった。蝉が泣き喚き、湿っぽいにおいがする夏。裏山にカブトムシを取りに行った私の目に映ったのは、全身に青いペンキをかぶったかのような姿をした少年だった。目は紫色で、青い服を着ていて、あとは全部青一色だった。その時点で、彼が人間でないことは本能的に理解していた。


 けれども私は彼に恐怖を感じはしなかった。むしろ、私は漫画で見たような非日常的この状況を、心のどこかで楽しんでいたのだろう。


「・・こんにちは」

「こんにちは。あなたはこの星の生命体ですか?」

「ええっと…たぶん、そうだね」


 意外にもその宇宙人とは会話が成立した。しかも、見た目的に自分と同じくらいだと判断した私は、彼と自然と会話を弾ませていったのだ。今では考えられないことだが、あのときの私にはとんでもない度胸とコミュ力があったのである。


「へぇ、じゃあ、君はここを探検しに来たの?」

「はい。私は祖国のために、この星を調査に参ったのです。将来的には、お互いの技術提供や文化交流を目標としています」

「そうなんだ。なんだか難しいことをしに来たんだね」

「はい。ですので、できればあなたにはいくつか質問に答えていただきたいのです。」

「僕でよければ…いいよ」


 結局、その日はカブトムシを取るどころではなくなり、日が暮れる直前まで彼との質疑応答を楽しんでいた。細かい内容は思い出せないのだが、食事、最近のニュース、学んでいることなどを聞かれたような気がする。あと、文化交流の大切さだっただろうか、かなり難しい話だったから、「そうだね。とっても、大切なことだ」なんて、思ってもないことを言ったような気もする。


 だが、最後の質問だけは、脳裏に焼き付いて未だに離れていない。


「なるほど。では、最後に質問ですが…どうしてあなたの体は青くないのですか?」

「えっ」


 そんなのは当然考えたこともなかった。生まれた時から私の体は肌色だったんだし、逆に私からしてみれば、全身が青い彼の方が不思議でたまらなかった。


「うーん。分かんない!生まれた時からこうだよ」

「生まれた時からですか。じゃあ、この星には私たちの星のような儀式はないのですね」

「ぎしき?」

「いえ、こちらの話です。ご回答ありがとうございます。それから、明日にでもあなたには是非、私の星の文化を知ってもらいたいのですが…」

「大丈夫だよ!今度は僕にも色々教えてね!」


 ほどなくして私は彼と別れ、帰路についた。親には「一匹もとれんかったー」と嘘を吐き、普段の日常に戻った。


 翌日、私はいつものように、裏山に向かった。 その日は昨日と同じく、蒸し暑く、蝉がうるさく鳴いていた。まだあの子は、宇宙人はいるだろうか、いるのであれば、また質問に答えないといけない。当時の私には、なぜかそんな使命感があった。


 ただその日、裏山は様子が違っていのだ。どんどん昨日の場所へと進んでいたが、それらが視界に映ったとき、私は思わず尻もちをついた。烏やうさぎ、リスの死骸が山道の端に落ちているのが目に入ったからである。しかも、なぜかその動物たちの死骸は赤い液体で___否、血で全身が覆われていた。


 当然、私はそれに恐怖を感じていた。どうして動物さんたちが、こんなひどいことになってしまっているんだろう。大人たちが注意しろとよく言う不審者でもいるのか。それとも悪いお化けか。怖い。

 

 だが私は、それでもなぜかあの宇宙人のことが気になってしょうがなかったため、勇気を持って、恐る恐る前へと進んでいった。どうして足を動かすことができていたのか、今となっては分からない。


そして、昨日と全く同じ場所で、私は目撃してしまった。


「こんにちは、昨日ぶりですね。ご機嫌はいかがですか?」


 宇宙人は確かにそこにいた。だが宇宙人の足元には、来る途中で見たうさぎ達のように、全身が血で覆われ、むごたらしい姿と成り果てたイノシシの死骸があった。


 「ひっ」と、そんな風に声が出るのは必然だった。その死体はあまりにもグロかったからだ。頭の天辺から、しっぽに至るまで真っ赤に染め上げられ、口から夥しい血を吐き、目が生気を宿していない猪。

 思わず吐きそうになったが、辛うじてこらえ、冷や汗が止まらぬままに私は宇宙人の方に目を凝らしてみる。


 そのとき、私は最悪なものを見てしまった。思わず、瞳孔が開き、声にならない嗚咽が出る。赤いそれが、あの子の手に付いていた。


「な、何を、しているの?」

 何かの間違いだと思い、私はそう声をかける。


 その返答はこうだった。


「これですか?ああ、これは私の星の儀式ですよ。私の星ではこのように、首元を半分裂いて血を出して、それを全身に塗るんです。こうすることで魔除けにもなりますし、病気にもなりにくくなるって言われているんですよ。ほら、こんな風に…」


 その瞬間、あの子の右腕が刃のようなものに変形し、あの子の首元から鮮血が飛び散った。数秒後、ドクドクと血と思われるものがあふれ出し始める。その血は異様に青かった。紺に近い色合いをしていた。


「これを塗るんです。これが私の星の素晴らしい文化であり、伝統なのです。さて、ではあなたの番ですね。あなたの言っていた通り、他文化の交流していくのはとっても大切であり、良いことなのです。さあ、文化交流といきま…」


 私は本能的に逃げだした。濃厚な死の気配とやらを、生まれて初めて肌で感じたからだろう。あの宇宙人は大丈夫でも、私があれを行えば死ぬことは言われなくても分かる。とにかく、無我夢中で駆けだしていた。


「待ってくださいよー」


 声が聞こえる。背中から、ロボットのような無機質さと強烈な邪気を孕んだ悪魔の声質が、鼓膜を通り過ぎていく。ドタドタ走る音も、同時に聞こえてくる。それは死人が追いかけてきているようで、私の脳に怯えと逃走本能を出現させていた。


「待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー、待ってくださいよー」


 待てるわけがない。待てば死ぬ。

 あの化け物の速度は分からないが、足を止めれば自分の人生が終わることは、容易に想像がつくことだった。



 どれくらい走ったかはもう分からなかった。結局、私は裏山を抜け、自宅へと辿り着き、気を失った。

 次に目を覚ますと近所の地方診療所のベットの上にいた。熱中症だったらしい。

 親にはこれでもかと心配したと泣きに泣かれ、お医者さんにも怒られたが、それよりも、あの化け物から逃げられたことに、私はとても安堵していた。



 それ以降、裏山に行ったことはない。

 一つわかるのは、文化にはそれぞれの常識と理解しがたいこともあるという事実である。



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