冬
寒くなってからというもの、私と杏子の関係はなんだか変わってしまったように感じる。客観的事実としては何も変わっていない。放課後の調査をして、普通に会話している。それでも、お互いの心がその場にないと感じてしまうのは私だけなのだろうか。
「由衣、今日も調査したいんだけどさ、来る?」
「行くけど、この後雪らしいよ」
今日、聞かなければならない。何かが壊れるかもしれない。考えすぎなのかもしれない。それでも、私はどうしても知りたい。杏子が何を考えているのかを。
「うう寒い」
「……そうだね」
「この辺りも変わらないね。ずーっと変わらない」
「まあ、住宅街だしね」
ここ数日、今まで調査した場所を歩いて回っているだけで目新しいことは何もしていない。まるで何かの最終確認でもしているようだ。
「杏子、もう新しい調査はしなくていいの? これ散歩してるだけだよ」
「……うん。もうできることはやったし」
彼女がどういう意図で発言しているのかさっきからまるで分からない。でも、分からないことがどれだけ煩わしいか、この一年彼女を通して学んだ。沢山の物事を知ったことで飽き飽きしていたこの町を好きになれた。自分自身のことも分かるようになってきた。だから、あなたのことも知っていたい。
「……来て」
「何?」
「杏子、来て!」
私は杏子の腕を強く握り、走り出した。向こうは唐突に感じただろうが、そんなことは考える余裕はない。それはもう、まさに無我夢中。とにかく何も考えず全力で駆けた。あの場所を目指して。
「ちょっと、どこに――」
「いいから!」
何かが落ちた気がする。いつも通りの景色が早送りみたいに流れていく。そしてたどり着いたのは少しだけ懐かしくて、それでも最近来たことがある気がしてしまう場所。
「ここって……」
「そうだよ。私達が始まった場所。……それを塗りかえるくらい沢山沢山思い出作った場所!」
「……」
「ねえ、教えてよ。……杏子が何をしたいのか」
長い沈黙が流れる。これが十秒なのか、五分なのか、一時間なのか、私には分からない。
「私は……由衣と一緒に居たい」
「それじゃあなんでこんな……!」
彼女は大粒の涙を流していた。私は、驚いて何も言えない。
「ずっと、ずっと言おうと思ってたんだけどね、私次の休みにはもういないんだ。だから少しでも一緒にいたいって思ってたのに、そしたら途端にどうしたらいいか分からなくなっちゃった」
「……」
「それでね、この町の調査資料、というか由衣と私の思い出を……渡そうとしてたんだけど……今になっちゃった」
分厚い本をカバンから大事そうに取り出した。
「ここ数か月由衣がどう思ってたかなんて分かってたのにどうすればいいか分かんなくて……これを渡すタイミングも失くしちゃって……これで終わりなんてホントに最悪だよね……ごめん」
「……杏子、杏子にとって分からなかったことがどういうことか私には分かるから、ごめんなんて言わないで。本の中見せてよ」
なぜだか私は冷静だった。二人並んでコンクリートの段差に座り、本を開く。
「あ、これ梅雨のときのやつだ! あー! この日土砂降りだったよね! ……懐かしい」
「うん……でしょ」
「あの調査こういう風にまとめたんだ。大変だったよね。暑かったし」
「そうだね」
「次は……あ」
写真だ。見慣れた風景に対して可愛らしいコメントが書いてある。そして――
「こんなに私の写真ばっかりじゃ意味ないじゃん……」
撮られた記憶のある数枚と、勝手に撮ったであろう数十枚。全部私。そこで初めて実感した。君島杏子という人間が本当にこの町からいなくなってしまうことを。丁寧に本を閉じ、彼女を強く抱きしめた。
「私も杏子とずっと一緒にいたいよお! まだ出会って一年も経ってないのに……はなればなれは嫌だよ!」
「私も嫌……」
「絶対また一緒になろうね……私待ってる。来ないなら行く」
「ありがと……ありがとう……」
そのとき、熱くなった身体に一点だけ冷たさを感じ、驚いて杏子を、次いで空を確認する。
「「雪……」」
「……そっか、今日雪降るんだっけ」
「はは……あっはっあははは!」
杏子は唐突に笑う。
「そんなに面白い?」
「だって、絶対寒いのに靴脱げてるのに気づいてないし、なのに雪には気づくしもう、全然意味分かんない! あははは!」
「え、ほんとだ。冷たい。あはは」
どうやらさっき走ったときに脱げていたらしい。
「気づいた! 今気づいた! あははは! はは……はーあ。帰るか」
「そうだね」
沢山の思い出を残してくれた。変わるきっかけを作ってくれた。それでもこれからの私達がどうなるかは分からないけど、今に向き合うことが未来に繋がるから、応援してるよ。
二人にとって特別で平凡な一年の断片が、誰かの一部になりますように。
季節は君と共に 山野誠 @mi117
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