第19話 第2節 エルフと採点結果
じりじりしつつも、なんの手応えのないままに時間が過ぎていった。
メレジーさんは現場に出ずっぱりで、本当に、全く、なんの情報もよこしてくれない。どういう形態で、どういう風に採点を進めているのか全然わからないのに、オーダイト学校の命運を委ねてしまっているのが怖かった。
一応、現状を知ることのできる機会はあった。
途中で、共通テストを作成した機構から「採点基準について問い合わせたいことがあったら返信してほしい」という手紙が来た。
あれこれ答案を見ていくうちに「これは本当に正解なのか?」と迷うような例が出てくるんだと思う。
わたしはその手紙を、現場に詰めているメレジーさんのところに転送した。
少しして、機構から「問い合わせ返答」という旨の手紙が届いた。中を見てみると、各国から寄せられた問い合わせへの回答(こういう回答にはこうやって点数つけてね、という指針)がみっちりと書いてある。
そのあまりの分厚さに、改めてものすごい事業なのだと感じると同時に、そこにオーダイトから出た問い合わせが一件もないことに気がつく。
メレジーさん、機構に問い合わせをしていない……?
「これってさ、迷いなく採点進められてるってことかな」
サイルに意見を求めてみると、うーん、と考え込んでから言った。
「……そう解釈するしかないよね」
「だよねえ」
わたしはほっと胸を撫で下ろした。だとすればこの問い合わせ返答は不要だろうけど、念の為、メレジーさんのところへ送付した。
その日から、わたしはメレジーさんを信頼して、心落ち着かせて過ごせるようになり、結果が上がってくる日が楽しみになった。
採点が終わったら学校に遊びに行って、子どもたちの答案も見せてもらおう。
わかんねーとか書いちゃう子いるのかな。
そんな他愛もないことをサイルと話しながら日々を送った。
そうして、二ヶ月半後。
納期まで二週間を残して、採点が完了したという報せが入った。
良かった、終わったんだ──と胸を撫で下ろしたけど、まだ結果がわかっていないから、と気を張り直す。
その翌日、クラリスさんとメレジーさんが揃って教研部にやってきた。前日、全く眠れなかったのをひた隠し、わたしは堂々とした姿でそれを迎える。
「結果の方は……どうなりました?」
「見てもらった方が早い」
そう言って、クラリスさんはわたしに大判の封筒を渡してきた。
受け取ると、呆れるくらいに軽く感じる。入っているのは集計結果が記された書類だけだから当然なんだけど。
留め具を外し、中身を取り出す。周りには職員さんたちが興味深そうに集まってくる。この結果次第で、これからのことが決まるのだ。
わたしはサイルを見る。彼女はいつもの無感情に見える表情でわたしを見つめている。
──よし、落ち着いた。
ふう、と息を吐くと、わたしは思い切って書類に目を落とした。
そこにあったのは……。
…………。
え?
「えっ──」
まるで、最初からなにか期待していたわたしたちがバカみたいだったように。
そこには、真っ赤な色であまりにも低すぎる数字が記され「低水準」という箔が捺されていた。
とさり、と音がして、見ると、わたしは結果票を床に取り落としていた。慌てて拾おうとして、全然掴めない。手が震えていて、力が入らない……。
両手で挟むようにようやく拾い上げると、わたしはふたりに向き合う。
「これって、どういう……」
「それが現実ってこと」
クラリスさんは重く呟く。メレジーさんは気まずそうに首を抑えていた。
「まあ、学校できたての国なんて大体、そういうところから始まりますよ。あんまり落ち込まないでください」
「そんな! だって、この程度の問題をあの子たちがこんなに解けないなんて、そんなわけが──っ!」
気づいたら大きな声が出ていて、わたしはハッとする。
周りを見ると、職員さんたちが不安そうにわたしを見ている。
だ、だめだ、みんなの前では取り繕わなくちゃ……でも……こんなのって……。
「まあ、僕は頼まれたことをやっただけなんで、悪く思わないでくださいね。……それじゃ、僕はこの辺でおいとまさせていただきます。短い間でしたがお世話になりました。また、五年後、縁があれば」
メレジーさんはそう告げて、去っていった。
その後姿が無性に憎くて、でも、言う通りにあの人は採点をしただけだ。悪くない。
でも、そんな。そんなに、酷いなんて……。
思えば思うほど、悔しさがこみあげてきて、目元が熱くなってくる。いけない──。
「ごめんなさい」
弱いところを見せるわけにいかなくて、わたしはその場から逃げた。適当な空いている部屋に逃げ込んで、壁に背をつく。顔に手をあてがうと一瞬でずぶ濡れになり、抑えきれない涙が次々落ちていった。
思いあがっていた。申し訳ないな、と思った。
こんな未熟なエルフが学校づくりをやったせいで、未熟な学校になって、子どもたちに中途半端な教育を与えてしまった。
その結果、世界から「オーダイトの子どもは頭が悪い」という風に見られてしまう。
「うぐ……ううう……」
それが悔しくて、申し訳なくって、不甲斐なかった。死にたかった。本当に死にたかった。殺してほしい。誰か。すべての子どもの時間を奪って、恥として晒した極悪人ですと指さして、罰して欲しかった。
「リア」
気が付いたら、わたしは床にうずくまっていた。
目の前には、同じ高さにしゃがみこんだサイルの姿がある。
「サイル、わたし……」
わたし自身、なんと言おうとしたのか、わからない。
次の瞬間、サイルはわたしを抱きしめていた。
冷たい輪郭が、わたしの爛れるような苦しみを受け止め、癒していく。
「……いいんだよ。なにも言わなくて」
サイルが囁き、腕に込める力を強める。
久しぶりに触れる、彼女の肌。その息。匂い。
でも、こんな形なんて嫌だった。もっと、素敵で、ロマンチックな場面がよかった。
そんな悲しみが、わたしの中で膨らんで、どうしようもなかった。わたしは頭がなくなってしまうのかと思うくらいに泣いた。泣き続けた。
やがて、しんどさばかりが垂れこめて、涙も出なくなった頃。
「……また、五年だなんて、ダメだよ」
わたしは言った。ぽそぽそとした情けない声だけど、サイルになら聞かせられる。
「五年もしたら……みんな、大人になっちゃう。今日の悔しさを抱えたまま」
もう取り返しのつかないことはわかっている。でも、どうしても言わないと気が済まない。そうでないと、わたしがわたしを許せないから……。
「リア」
そんなわたしに、サイルは変わらずに芯のある声で言う。
「明日、採点会場に行こう」
「……え?」
わたしは思わず顔を上げた。採点会場?
「な、なんで? もうなにも残ってないはずだよ……」
もともと借りた場所だったはずで、採点が済んだ後は速やかに返却される予定だった。
「ううん。メレジーと入れ違いになるように手紙を送って、設備も答案も全部保持するよう指示してる。納期いっぱいまでは借りてるはずだし」
「ど、どうしてそんなことを……」
「……念のためのつもりだった。でも、こうなった以上はそうとしか思えない」
サイルは本当に感情も抑揚もない声で言った。
「メレジーは怪しい」
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