第2話 由奈と桂花2
二人は、教室の隅で、中心女子のグループによる自分たちや他人への攻撃的な口調に神経を研ぎ澄ませていた。
「……あの子たち、今わざと聞こえるように言ったね」
「気づいた?」
「うん。よくやってくるよね」
そんな会話を、小声で二人だけが共有していた。
小学校の教室は、たまに、やけに狭く感じることがある。
由奈にとってそれは、特に女子グループの視線が一斉に自分に向けられた時だった。
中心にいるあの子たちは、誰かが「空気を読まない」と感じると、すぐに場の秩序をただすように、視線や言葉でその人を囲んだ。
最初は、それが怖くて、教室から立ち去りたい気分に駆られた。
しかし、身動きを取ると、それがまた、彼女らの話題になってしまうことも想像できたので、それも怖くて身動きが取れない。
由奈は、自分が彼女たちの輪の外にいることを、ある日からなんとなく理解していた。
それが終わる日は、到底やってこないだろう。
このクラスが終わる日……6年生も同じクラスのままだ。
そう思うと、絶望しかないように思われた。
学校に行きたくない――
そんなこと言ったら、家族は心配する。
家族に心配かけることは、よくない事、家族を悲しませること、期待を裏切ること、そう思って口には出せなかった。
でも――桂花がいてくれた。
「体育館の裏、行かない?」
休み時間に桂花が声をかけると、由奈はほっとして「うん」と答えた。
木漏れ日が落ちる体育館裏のコンクリートに腰を下ろし、二人で黙って本を読んだり、好きなことを書いたノートを見せ合ったりする。
そこでは誰からも何も言われないし、自分たちを「変だ」と見る目もない。
そういう場所で、桂花はとても自然だった。
桂花は、小さな頃から「目立たない」ということを本能的に選んできたようだった。
周囲の空気の流れを読む力に長けていて、誰がどんな言葉をどんな意図で言ってくるのか、その裏を探るような癖があった。
「由奈も、あの子たちが何か言いそうなとき、だいたい分かるでしょ?」
ある日、桂花がそう言った。
由奈は「うん」とうなずく。
「そういうときは、先に身構えておけば、あんまり刺さらないよ」
由奈は教室で女子たちが自分に視線を送りながら何かを話している時に、
(あ、何か攻撃、来る)と、とっさに思った。
隣にいた桂花に囁く。
「やっぱり、言ってきた」
「でしょ。でも、構えておくと少しショックが小さくなる」
そんな風に確認し合うだけでも、心が少し軽くなる。
由奈は、桂花を“強い”と思った。
相手に自分の領域を荒らされずに、静かに、でも確かに自分を守る方法を知っている。
放課後、人気の少ない図書室で桂花と過ごす時間。
静かなページをめくる音の中に、家庭的な安心感があった。
団体行動の「みんな一緒」とはまったく違う、ふたりだけの時間。
そこでは、自分を無理に演じる必要がなかった。
クラスの女子がどんな表情で近づいてくるか、その言葉の裏に何があるか、今ではなんとなくわかるようになった。
けれどそれでも、自分を守る手段があるということが、少しだけ世界を生きやすくしてくれていた。
桂花とふたりで築いた静かな世界。
それは、誰にも邪魔されない、小さな避難所のようなものだった。
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