第4話 由奈と健斗

――由奈視点――


ある日の昼休み、教室の隅で女子たちがひそひそと話していた。


「ねえ、高野くんってさ、最近けっこう由奈と喋ってない?」

「うんうん、なんか楽しそうにしてるよね」

「前から気になってたんだけど、あれって……ちょっと意外じゃない?」


クスクスと笑い声が混じる。


由奈は、それをただ黙って聞いていた。

自分の名前が出た瞬間、笑いの温度が変わるのを肌で感じた。


――あの子たちが言いたいことは、何なのか。

嫌でも、それを考えてしまう。


(また、私のこと、“男好き”だとか、“人によって態度が違う”とか言いたいんだろうな……)


背中が冷たくなる思いをしながら、何も言わず、じっと耳を澄ますしかなかった。


少し離れたところにいた桂花が、由奈のそばに寄ってきて、そっと囁いた。


「……言っちゃ悪いけど、私もそう思ってた」

「え?」

「高野と話してるとき、由奈、楽しそうだし。向こうも、なんか嬉しそうじゃん。」


「……そんな風に見えるのかなぁ」

由奈は笑ってみせた。

内心、ざわつく気持ちを押さえながら。


桂花は続ける。

「話が弾むって感じだよ。ほら、由奈って話のひきだし多いし、なんだかんだ……楽しいし可愛いじゃん」


「そんなことないよ。普通、普通」


言葉の後半を笑いで包み込みながら否定した。

でも、その瞬間――胸の奥で、ふわっと何かが温かくなった。


──高野くんが楽しそうにしてくれてるの、嬉しかったんだ。


それは、由奈が口に出さない気持ちだった。


けれど、これからは、その“嬉しい”さえ、自分の中から取り除いていかなきゃいけない。


現実は、その“楽しそう”が、自分たちを標的にする。

由奈にとって嬉しかったことが、「意外」とか「合わない」とか、「ああいう子だったんだ」と色をつけられていく。


健斗にとっても、そんな噂はきっと迷惑だろう。

そう思えば、自分から距離を取るしかなかった。


由奈は次の日から、少しずつ健斗と距離を置くようになった。

あいさつはする。話しかけられたら答える。

けれど、自分から健斗に話しかけることはやめた。

目が合いそうになったら、先に視線をそらした。

偶然、教室以外で見かけても、気づかないふりをした。


──楽しかった。

でも、それだけじゃ、ダメだから。


由奈がそうしているのを知ってか知らずか、

同じような囁きは聞こえなくなった。

けれど由奈には、健斗と話す“権利”がなくなったように思えた。


――健斗視点――


健斗は、毎日由奈と話していたわけではない。

むしろ、莉乃とはほぼ毎日、くだらないことで笑い合った。


明るく、華やかで、どこか子どもっぽい可愛さのある渡瀬莉乃。

周囲の男子たちも彼女を気にしていて、健斗が話していると羨ましげな視線や冷やかしが飛んでくる。


「おまえら、付き合ってんの?」


そんな言葉すら、少し誇らしく思えた。

莉乃のような子と似合うと思われている――

それが、安心感でもあった。


けれど、ふとした瞬間に思い出すのは、由奈だった。


──あれ? 由奈、最近ちょっと変わった?


前より話さなくなった。

廊下で会っても目をそらす。

話しかけても、用件だけ話してすぐに切り上げようとする。


あれは、数週間前のこと。

クラスの中心女子たちが、昼休みににやにやしながら言ってきた。


「健斗って、由奈と仲いいよね〜。まさか、好きとかじゃないよね?」


その場の空気が、からかい混じりだったのもあって、健斗はつい笑いながら言ってしまった。


「由奈なんて関係ねーよ。地味じゃん、あいつ。女っぽくねーし」


軽い冗談のつもりだった。

そこに由奈がいたのも知っていた。

けれど、自分は、由奈とは“違う”ってことを、はっきりさせたかった。

――誤解されたくなかった。莉乃にも、周りにも。


あのときの由奈の顔は、思い出せない。

というより、見なかったのかもしれない。

見たくなかったのかも。


本当は、由奈と話すのは楽しかった。

女子の中で一番、話していて盛り上がる。

話題が尽きなくて、ちょっと真面目な話もできて、

たまに笑いのツボがぴたりと重なる。

気取らずに話せる相手だった。


健斗は、由奈が嫌いなんかじゃなかった。

ただ――莉乃と似合う自分が、自分だと思っていた。

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