所有者・佐野三花

佐野三花さの みかさん……ですよね?」


 神奈川県某所にある喫茶店。そこで落ち着かない様子を見せていた一人の少女は、声をかけられてハッとしながら顔を上げた。

 視線の先に立つ二人の人物……まだ若い男女は、軽く頭を下げながら対面の席に座る。


「はじめまして、筧謙吾と申します。こっちは阿澄花那多あすみ かなた、助手……みたいなものですかね」


 そう、苦笑を浮かべながら隣に座る女性のことを紹介する男性は、どこにでもいる普通の青年に見えた。

 こんな人間が自分が抱えている問題を解決できるのかと訝しむ三花へと、筧謙吾と名乗った男性は言う。


「もっと物々しい人が来ると思ってたでしょう? それなのにこんな一般人にしか見えない男が来たら、そりゃあ不安にもなりますよね」


「あっ、いや……」


「いいんです、慣れてますから。まあ、一般人に見えて当然というか……一応、僕も彼女も、普段は普通に大学に通う学生なんです。キャンパスライフを謳歌しているとは口が裂けても言えませんけどね」


 冗談を交えながら謙吾がそう話している間に、ウエイトレスが水を運んできた。

 少しだけ、柔和で話しやすい彼の様子に三花が緊張を解したところで、謙吾が言う。


「さて……本題に入りましょう。例の物は?」


「こ、これです……」


 一瞬緩んだ緊張をぶり返らせながら、三花が鞄から赤い手帳を取り出す。

 今、オカルト掲示板で話題になっている『追ってくる手帳』を見た謙吾は、目を細めてそれを見つめると共に手を伸ばした。


「失礼。少し確認させてください」


「は、はい……」


 手帳を手に取り、開いて中を確認する。

 一ページ目、二ページ目……とパラパラと捲りつつも何かを確かめるように鋭い視線を向けていた謙吾は、小さく息を吐くと共に隣に座る花那多へと声をかけた。


「花那多、どう思う?」


「嫌なものは感じるわね。でも、思ったよりかは……ってところかしら」


 赤い目をした女性は、謙吾の問いにそう答えた。

 今度は彼女が手帳を受け取り、それを確認し始める中、謙吾が三花へと言う。


「我々も調査機関から報告は受けています。この手帳は、元々お姉さんが拾ったものなんですよね?」


「はい。でも今は、事故のせいで……」


 質問に答えながら、意識を取り戻していない姉の姿を思い返した三花が声を詰まらせて俯く。

 謙吾はそんな彼女へと、静かな声で尋ねた。


「事故に遭う前、お姉さんは何かに追いかけられていたと聞いています。三花さんの目から見て、どのような雰囲気でしたか?」


「……異常、だったと思います。明るい性格をしている姉が、目に見えておかしくなっていきました。誰かがいるとか、手帳に何か書いてあるとか……私には何も見えなかったので、姉が精神的に疲れてしまっていたんだろうと思っていたんです。でも――」


 捨てた手帳が何度も戻ってくる。そんな話を聞かされて、すぐに信じられる人間はそういない。

 姉の話を本気にしていなかった三花だが、実際に自分の所有物となってしまった手帳が手元に戻ってきたことで、全てが本当のことだったと思い知ったのだろう。


「私、姉が事故に遭って、明らかにあの手帳が普通じゃないってわかってから色々調べたんです。それで、何か関係があるんじゃないかって思える記事を見つけて……これです」


 そんな彼女を慮るように謙吾が口を閉ざす中、不意に勢いよく顔を上げた三花が彼に訴えかけるように話を始める。

 自身のスマートフォンを取り出した彼女は、ブックマークしてあったとあるニュースサイトの記事を謙吾に見せた。

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