第2話 2年C組

 教壇の前に立った私は、男子の委員長から渡されたカルトンという厚紙にネイビーの布が貼られた出席簿をひらいて、名前を読み上げはじめた。

「井原さん」

「はい」

「緒方さん」

「はい」

「喜多さん」

「はい」

「栗林さん」

「はい」

 ここで二秒くらい……正確に測ったらもっと短かかったかもしれないが、ためらってしまう。次の名前を読み上げることに心の方がぐずるというか(嫌だな)と思ってしまうせいだ。

 それでも副委員長だった時代、尻込みする自分のコントロールの仕方はわかっていた。自分がやらないといけない。これは自分の役割パートと言い聞かせる。この出だしをとちると一日という楽曲がうまく始まらない。

小菜田こなたさん」

 返事はない。

「小菜田さん……は欠席です。欠席理由は、前日と同じ……です」

 教団の斜め後ろに腰掛けている鹿島先生とアイコンタクトをとる。先生は悲しげな少し疲れた顔をしているが、教室の空気が今週はじめのざわついた濁った感じでなかったから、私は(きっと担任の鹿島先生も男子学級委員の工藤くんも)少しホッとして、出席簿の次の名前を呼んだ。

「小林さん」

 

 出席番号30番、小菜田せりは今日も欠席。朝教室に入った時からわかっていたが、教員室で鹿島先生から欠席理由も聞いていたし、もやもやしていないと言ったら大嘘なんだけど。

 三日前「なんで学校に何日もこなくていいんだ、ずる休みじゃん」と大声を出した森岡くんを、私に言わなくてもいいじゃない、内心💢💢としたけど、今日は……昨日も、モリーもモリーの後ろの席の永竹明希恵アキエも大人しくしている。根本の問題は何も解決しなくても、いつもどおりの一日が始まりそうなのでとにかくよかったと思った。

 何年も十年以上経ってから、その時の自分は《偽善者》だったと気づくが、その時まだ偽善が具体的に何をさすのかもよくわからなかった。


 一週間登校してこない小菜田せりという女子の、鹿島先生から伝えられた欠席理由「家庭の事情」が、本当は違う具体的には酷すぎることだと知っても、まだ中学生十四歳にはピンとこないところが多かったし、わからないなりに取り組もうなんて思いつくはずなかった。









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