第3話
次の日、俺は再びその公園に足を運んだ。懐かしい風が吹き、目の前のベンチに座っていると、また彼女と会える気がした。
一人きりでポツンと座って待つことしばし。彼女も昨日はこうして過ごしていたのだろうかと考える。
そうしてしばらく山を見ながらぼんやりしていると見覚えのある白いワンピースと麦わら帽子が視界に入った。
彼女はしばらく黙ってベンチに座る俺を見下ろしていたが、やがて思い切ったように声を掛けてきた。
「あの、ここいいですか?」
「ああ、公園は公共の場所だからね。好きに座るといいよ」
と言いながらも俺は昨日の海月のように横にずれてあげたりはしない。もう少し彼女と打ち解けて話をしたいと思っていた。
年端もいかない少女にいじわるだろうかとも思ったが、海月は俺の狙い通りにすぐに発言を続けてくれた。
「横にずれてくれないと座れないんですけど」
「端にちょこんと座るか俺の膝の上でも、うおう!」
彼女は俺に全部は言わせなかった。遠慮することなく膝の上に座ってきた。麦わら帽子が顔に当たって痛かった。
いじわるに対していじわるで返された。彼女は機嫌良さそうに足をぶらぶら振った。
「確かに膝の上というのもいいかもしれませんね。ベンチよりクッション性があります」
「それは良かった。俺も昨日君の膝の上に座ればよかった」
「何か言いました?」
「何も言っていません」
しばらくそうしてくつろいでから、俺は勇気を出してすぐ目の前にいる彼女に声をかけた。
「海月、またここに来たんだね。会えてよかったよ」
彼女はゆっくりと振り向き、いつものように微笑んだ。
「うん、ここは私の好きな場所だから」
その笑顔は変わらず、どこか温かい。しかし、その笑顔の裏に隠された何かが、俺を引き寄せる。
「ここに来て何かしてるの? あの山を見張ってるとか?」
海月は一瞬、言葉を詰まらせた後、軽く首を傾げる。
「うーん、特に何も。ただ考え事してるだけ」
考え事……? それだけではないような気がする。何か隠しているのは間違いない。
その日以降、俺は毎日のように公園に足を運ぶようになった。海月がいつもいる頃を見計らって、ちょっとした会話を楽しむ。しかし、会話が終わると、彼女はまた無言で景色を見守るだけ。俺は、次第に彼女のことがもっと知りたくなった。
ある日、帰り道、偶然にも海月とすれ違うことがあった。今日は普段とは違って、少し薄暗くなった夕暮れ時。海月は公園を出ようとしているところだった。
「海月、どこに行くの?」
「ちょっと……用事があって」
彼女はそう言いながら、少しだけ俯いた。彼女が用事などという言葉を呟いたのは初めてのことだ。俺にはすぐにピンと来た。
その視線の奥に、何か隠しているような気がした。それに、俺が気づいていないだけで、彼女には普段見せない顔があるような……
「分かった俺も付き合うよ。一緒に行こう」
俺は無意識にそう言った。海月は少しだけ驚いた表情をした後、少しだけ笑って頷いた。
「うん、いいよ」
二人で歩き始めた。その道はどこにでもある田舎の小道だ。だが、海月と一緒に歩くと、なんだか違った雰囲気が漂う。
彼女が何かを隠している気がして、俺は心の中でそのことを考えていた。
「海月、実は俺、君のことが気になるんだ」
突然、俺はそう言った。
海月は一瞬足を止めて、俺を見つめた。そして、少しだけ笑顔を見せる。
「どうして?」
「だって、君、いつも同じ場所に座っているけど、何をしているのか全然わからないし、ただの女の子って感じがしないんだ」
海月は黙って歩き続けた。俺もその後、言葉を飲み込む。
「私、実はこの町の普通の住人じゃないの」
その言葉に、俺は思わず立ち止まった。
「え?」
海月は視線を空に向けて、少し遠くを見つめながら続けた。
「私はずっと前からここにいるんだ。でも、実は…… 私はこの町のものじゃない」
その言葉に、俺の胸が締めつけられるような感覚がした。彼女はまるでこの世界の住人でないような雰囲気を持っている。だが、それをどう解釈していいのか分からない。
「君は……何者なんだ?」
「私が何者かは、まだあなたには言えない。だけど、夏が終わる前に全部話すよ」
その言葉に、俺は背筋がぞくっとした。海月は何か大きな秘密を抱えている……そんな気がしてならなかった。
その後、しばらく道を歩きながら話していたが、彼女が本当は何者なのか、その正体がわかることはなかった。夏が終わるまでの間に、俺は彼女に関する謎を解き明かすことができるのだろうか?
それとも、海月はずっと謎のままで、この町を去ってしまうのだろうか。
不安と興奮が入り混じる中、道が終わり山への入り口が近づいてきていた……
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