夏休みの帰郷
けろよん
第1話
夏休み、都会の喧騒を離れ、俺はいつものように帰郷する。あの静かな田舎町に帰るのは久しぶりだ。
毎年帰ってはいるが一年でも長く感じるのは毎日が忙しいせいか、向こうが懐かしく感じられるからだろうか。
子供の頃に遊んだ川や山、そして無邪気に過ごした日々が田舎にはあるのだ。
駅に降り立つとあの匂いがした。田舎独特の土と風の匂い。懐かしくも新鮮で、心が少し温かくなった。
家に向かう途中、ふと目に留まったのは街外れの古びた公園。小さな遊具と荒れた芝生が広がっているだけの場所だ。ここには子供の頃よく来ていた。気まぐれに寄ってみようと思い、歩みを進める。
公園に近づくと、片隅のベンチで一人の少女が座っているのが見えた。彼女は誰かを待っているようでじっと前を見つめていた。白いワンピースに麦わら帽子。見た目はどこか懐かしい雰囲気を持っているけれど、顔は初めて見るものだ。
「ツチノコ……」
「ツチノコ?」
「!?」
彼女がふと呟いた言葉につい反射的に答えてしまうと、彼女はびっくりしたように顔を上げた。その瞬間、心臓がちょっとだけ跳ねた。彼女の瞳は、透き通るような青い色をしていて、その中に見知らぬ世界が広がっているように感じた。
まさか外国人とは思わなかったが、その前に気になる事を尋ねてしまう。
「ツチノコって何?」
「なんでも……ないです」
俺の何気ない質問に彼女ははぐらかそうかと迷うように視線を巡らせたが、やがて気持ちを固めたようで微笑んで答えてくれた。その笑顔はとても柔らかく、俺にこれ以上の話は無意味だと悟らせてくれた。
なので俺は話題を変えた。
「君はこの辺りの子かい?」
何かナンパをしているみたいだが、俺は彼女とツチノコが気になっていた。話を打ち切って去る気分にはなれなかった。
彼女だっていつまでもここにはいないだろう。いなくなる前に気になる疑問を解決しておきたかった。そうしないと田舎に来て早々悶々とした日々を送る事になるだろうから。
俺が尋ねると、白いワンピースの麦わら帽子美少女は少し考えた後、頷いた。
「うん。昔からここに座るのが好きなの。静かで、誰も邪魔しないから」
そう言いながら、彼女はまた遠くを見つめた。何かを思い出すような顔をしている。俺も彼女の目線を辿った。
あの遠くの山にツチノコがいるのだろうか。
その姿がどこか哀愁を感じさせて、俺は思わず彼女に尋ねていた。
「俺もここに座っていいかな?」
「…………」
彼女は一瞬迷惑そうに眉根を潜めたが、俺を拒みはしなかった。
「どうぞ。私の場所じゃありませんから」
「それじゃ、遠慮なく」
若い頃の俺だったら彼女の膝の上に喜んで座っただろうが、さすがにもうそんな子供ではないので、彼女がそっと横にどいたベンチに腰を下ろした。
しばらく一緒に山を眺めていると、彼女が突然、俺に尋ねてきた。
「おじさんは夏休みに帰ってきたんですか? この辺では見かけない顔ですよね?」
「うん、久しぶりに帰ってきたんだ。子供の頃はよくここで遊んでたけど、しばらく来てなかったんだ」
「そうなんだ」
彼女は軽く呟くと、
「私は夏が来るたびにここに来るんです」
と言った。その言葉に少し不思議な響きがあった。
「この辺の子なのに夏にしか来ないってこと?」
「そういうことです」
「君の名前は?」
「私は、海月(みつき)」
「海月?」
彼女は一度笑うと、あっさりと説明してくれた。
「この町って見たとおりに山と川しかないんですけど、お父さんとお母さんは海が好きだったみたいで。私も気分だけでも海にいたいなって思うようになったんです。この夏の公園も海みたいな感じがしませんか?」
「確かにここは開けてるし風も気持ちいいよね」
不思議な子だと思いつつ、俺は彼女と話をしながら何となく心が温かくなった。なんでだろう。彼女と話していると時間が穏やかに流れているように感じる。
話が弾んで打ち解けるようになってきた辺りでふと海月が言った。
「もしよろしければ、これから川に行きませんか?」
川といえば子供の頃よく遊んだ場所だ。懐かしくてすぐに賛成した。
さっそく二人で公園を出て川に出かけた。水は清らかで川底の小石がキラキラと輝いていた。海月は足を水に浸けながら、嬉しそうに笑った。
「ここ、すごく気持ちいいんです」
彼女は水の中で足を動かしながら言った。
俺も真似して川に足を入れた。ひんやりとした水が足元を包み込む。その瞬間、何も考えずにただ楽しむことができた。
「海月はなんで夏になるとここに来るの?」
海月は少し考えた後、静かに答えた。
「夏は思い出を作る季節だから。ここに来ると昔のことを思い出すんです。だから、毎年来るの」
「ツチノコを捕まえる為じゃなく?」
「それ、ここで聞いちゃいます?」
「機会があれば海月の口から話して欲しいな」
俺が聞くと、海月は少しだけ視線を外して、そしてふっと笑った。
「夏休みが終わるまでにはね」
彼女はそう言って、川を眺めながら少し黙った。
「うん、またね」
俺も今はそう答え、その日は彼女と別れる事にした。
二人で過ごした時間は短かったが、俺の心にずっと残ることになった。一夏の思い出が、いつまでも心の中で輝き続けるような気がした。
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