怪物が巣くうといわれる森の奥

烏川 ハル

怪物が巣くうといわれる森の奥

   

 小学生の頃、夏休みになると毎年、おばあちゃんの家へ遊びにっていた。

 家の前には田んぼや畑が広がり、近くには小川も流れている。自然に囲まれた、のどかな田舎の一軒家だった。


 寝泊まりするのは、二階の奥にある部屋。窓からは遠くの山々が見えるのだが、それよりもかなり手前にも濃い緑色の一帯がある。こんもりと茂った、小さな森のようだった。

 確か三年目か四年目くらいだったと思う。一体あれは何なのだろうと気になって、おばあちゃんに尋ねてみた。


「おばあちゃん、あそこって何があるの? ほら、あの、田んぼより緑色の濃いところ……」

「ああ、あれか。あそこにはな……」

 おばあちゃんはズズッとお茶をすすりながら、まるでそれが思った以上に熱かったかのように、顔をしかめながら続けた。

「……怪物が巣くっておる。だから近づいちゃならんぞ」


 どうやら呪われた土地らしい。

 そんなニュアンスを感じたけれど、それで忌避感をいだくよりも、むしろ怖いもの見たさの気持ちがまさってしまうのは、子供だったからだろう。

 だから翌日、早速ひとりでくだんの森まで出かけたのだが……。


 子供の足で半時間くらい。当時は夏でも今ほど暑くなかったとはいえ、それでも着いた頃には汗だくだった。

 森の入り口には、石で出来た鳥居。塗装もされず、剥き出しの灰色だ。

「神社……?」

 思わず小声で呟いてしまう。神社といえば神聖なイメージであり、思いえがいていた「呪われた土地」の想像とは真逆まぎゃくだった。

 鳥居をくぐって進んでみると、自分の知っている神社の境内とは雰囲気が違う。何が違うのか、最初は具体的にわからなかったが……。


「ああ、わかった!」

 鬱蒼とした木々の間を歩くうちに理解する。

 下草の手入れなどが全くされておらず、参道まで雑草が伸び放題。歩きにくいことこの上ないほどだった。

 まるで参拝客が来るのを想定していないかのような神社だ。少し不思議だったけれど、その疑問はすぐに解消する。

 奥まで進んだところで見えてきたのは、いくつかの荒れ果てた建物だったのだ。


「……!」

 なかば呆然と立ちすくむ。

 どうやらここは、打ち捨てられた廃神社らしい。

 もしかすると、元々は「呪われた土地」の呪いに――巣くっていた怪物に――対処するために、神様を祀っていたのではないだろうか。そして、その封印で神様が力尽きて、神社も廃れてしまった……。

 あるいは、呪いや怪物の力が大き過ぎて、神様の手に余るほどだったから、負けてしまって神社も潰れてしまった……?


 頭の中で、勝手にストーリーを構築する。

 そのかん、そんな呪われた――怪物が巣くう――森の中で一人、しばらく立ち続けていたらどうなってしまうのか。

 自分の妄想に夢中になっていた子供には、そこまで考えが及ばず……。


 その日の夜は、体のあちこちに異変を感じて、よく眠れないほどだった。

 翌朝、寝ぼけまなこで鏡を覗けば、体中からだじゅうに虫刺されのあと


 あの森は、近辺で最も激しいくらいの、蚊の溜まり場だったのだ。




(「怪物が巣くうといわれる森の奥」完)

   

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怪物が巣くうといわれる森の奥 烏川 ハル @haru_karasugawa

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