第三十一話 采配の才

「ウィゼス教が大国から離れた島に隠れ里を作ったのも、世俗から距離を置き、虐げられた人々の安寧を守るためでした」

「だが、それは破られた」

「ええ。その通りです」


 シアンは素直に頷いた。それは納得しているからというよりは、現状を正しく受け入れるためであるようだった。


「平和を謳うだけののどかな日々は遠く過ぎ去りました。ならば、今を生きるしかありません」

「……現実主義者なんだな」

「神がかりかと思いましたか? 奇跡などありはしませんよ」


 肩を竦めるシアン。

 奇跡。それは神々に仕える者が起こしたとされる偉業だ。ある者は海を割り、ある者は枯れた老木を復活させた。

 しかしそれは御伽話の類であって、現実の聖職者が不可思議な技を扱うことはない。

 あるいは魔導に目覚めた者が奇跡を嘯くことはあるかもしれないが、それは詐欺の類である。


「拙のこの身は、何の力も持たぬただの小娘でしかありません。皆、聖女という肩書を慕ってくれているに過ぎません」

「そんな! そんなことはありません、聖女さま。あたしたちは、聖女さまの導きあってこそ、今ここにいるのですから」


 メルは否定する。そのメルの手を、シアンは優しく握った。


「であればこそ、この地をより良いものにしなくてはなりません。ですから、協力してください、メル」

「……はい、はいっ、聖女さま」


 メルは感じ入ったように何度も頷いた。

 ロイドはその光景を見て、うまいものだと感心する。

 昔の話をして心の均衡を崩しかけたメルだったが、シアンが聖女としての無力に自らを卑下したことで支える側に回った。そうすることで、持ち直させたのだ。

 人の心の機微に聡い。それが、どうやら信者たちの集団をここまで保たせた秘訣であるらしかった。


「それで、具体的にはどうしたらいい?」


 ロイドもまた、その思惑に乗った。

 話を逸らすように、実利的な話題を上げる。


「……まずはやはり、雑草の除去ですね」


 メルもそれで完全に己を取り戻し、最初に畑に触った時のような調子に立ち返る。


「そうだな。かなりの骨だ」

「そこは人数に頼むことにいたします。ですが、人以外の手も借りましょう」

「人以外?」

「おりますでしょう。にっくき奴輩の置き土産が」

「ああ……馬か」


 合点がいったと、ロイドは古城の一角へ目をやる。

 そこには適当に打たれた木杭に手綱を繋がれた、一頭の馬がいた。


 ロトスコ兵、その隊長が駆っていた馬である。

 這々の体で逃げ出したロトスコ兵たちは、味方の身柄を抱えるので手一杯で馬を連れて行くことを忘れていた。

 後に残された馬を放っておくワケにもいかず、連れ帰った次第である。


「食べるのか?」

「昨日の段階でひもじそうにしていましたから、ゼナさまの許可をいただいて食べさせてみました。応急処置的なつもりでしたが……普通に食べたので、いけるかと」

「そうか」


 幸いにして、馬の気性は大人しい。少なくともかつての主人の姿がなくとも暴れ出す手合いではなかった。

 騎乗用らしく大柄で、その分食べるであろう餌をどうするかとロイドも気を揉んでいたが……なるほど、雑草がその役に立つならば。


「お腹を壊した様子もないので。それで、刈った草も干して馬用の飼料とすれば当面無駄はないかと」

「そうだな、助かる。それで、その次は?」

「土壌の改善のために、また別の草を植えることになるかと。石灰があればまた別ですが……貝類が取れるような土地柄ではありませんし」

「森と荒野の合間だからな」


 やはり、島であった隠れ里とは大きく違う環境なのだろう。その辺りは仕方ない。


「ええ。ですので色々と努力はしてみますが、まともに使えるようになるのは夏の終わりで、収穫は短期間で育つ作物を秋に収穫できるくらいになるかと。穀物などの主要作物を育てるのは、来年の見込みになります」

「春も終わりが近づいているからな……分かった、それでやってくれ」


 ロイドは頷いた。

 プロが言うことなのだ。任せておくしかない。


「では、このままメルを農業関係の責任者に据えても?」

「ああ。……それと」


 確認を取ってくるシアンに答えつつ、ロイドは付け加える。


「シアンにも、そういう仕事を任せたい」

「……と、いうと?」

「人材の采配だな。人を使うのが上手そうだ。ゼナもヴィオラも、どこか抜けているからな……」


 今後人が増えてくれば、そういうのも必要になるだろう。

 シアンは人を見て、その適性を判断することが得意そうだ。ケアも上手い。


「頼まれてくれるか?」

「……よろしいのですか? 昨日今日出会ったばかりの拙に任せて」

「ああ」


 今のうちに任命しておくべきだとロイドは考え、これ以上の適任はいないとシアンを指名した。

 ただ、それだけのことだ。


「あいにく、この古城はそういう集まりなんでな」


 ゼナ然り。ヴィオラ然り。……そしてロイド然り。

 素性には謎の多い集まりだ。なので時間をかけた信頼を築くよりも、能力を信用してしまった方が早い。でなければ、この古城は回らない。


「そういうことだ。よろしく」

「……はあ。そういうことならば」


 まだシアンは釈然としていないようだが。

 ひとまずはロイドの要請に、是と答えた。

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マージナル・ランパート 〜放棄古城の主になったら、何故か美女たちが集まってくる〜 春風れっさー @lesserstella

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