2. 池袋北口の奥地
「わたし、林アカネって言います。高校2年生?もし学校に行ってればだけど」
席に落ち着くなり、少女は手短にそう述べた。
「おれは、佐藤拓司。んー。フリーターかな。歳は27」
「佐藤タクシー?運転手さん?」
「たくしだよ。誰が個人タクシーだ」
林アカネはボケとツッコミが成立したことにキャラキャラと笑って、
「いえーい」
と片手でハイタッチを求めて来た。佐藤拓司はおずおずとそれに応じた。
「じゃあ、タクさん、でいいですか?私のことはアカネって呼んでください」
「別にいいよ」
返答しながら、拓司は女性を下の名前で呼べるかどうか確信を持てなかった。「林さん」にしてしまうかも知れない。
「それ、普段着なの?」
拓司はあらためてアカネの風変りな服装を指摘した。
「あ、うん。コスプレみたいですよね。コスプレだって思ってもらうつもりで着てます。大事なのは杖のほう。杖は持ってないといけないんだけど、この杖持ってて、普通の服だとヘンだから。この格好だと、魔女のコスプレでもやってんだろうな、で済ませてもらえるかなって・・・んー、自意識過剰なだけなのかな」
アカネは説明しながら、自分で違和感を感じて声を曇らせた。
「なるほど、いいじゃん、似合ってるし」
拓司としてはフォローしておく。
アカネは『お願い』の内容を説明した。
この魔法の杖を修理するには特殊な技術が必要で、それができる職人は日本には2人しかいない。幸い、そのうちの一人が池袋で店を開いている。ただその店は北口の繁華街の奥地の怪しげな界隈にあって、十代女子ひとりではちょっと行きづらい。しかも夜8時にならないとオープンしない。その店に用がある時はいつもは親に同行してもらうのだが、自分のヘマで杖にひびを入れてしまったことを親には言えない。
「だからタクさん、今日の夜、一緒にそのお店について来てもらえませんか。なんていうか、ボディガードとして」
拓司は、客観的にみればこんな怪しげな話は、断るべきだとわかっていた。しかし、池袋北口の奥地に魔法の杖を修復する職人がいるという奇妙な話に好奇心をそそられ、自分ごときをボディガード扱いしてくれることが嬉しくなり、そこをアカネの素直な陽気さに押し切られて、彼女の
「ね!」
というひと押しに、
「わ、わかった。一緒に行こう」
と答えてしまった。マック店内のテーブルの上で小さなハイタッチが再び行われた。
「なんか、嬉しい。タクさんとは、今日初めて会った気がしない」
と、アカネは言った。そんなセリフはいかにも高額なサプリをサブスクで購入させる人をほうふつとさせ、逆に不安が再び頭をもたげた。
拓司とアカネは、夕方6時に駒込駅で待ち合わせすることを約束して解散した。
それからの日中の8時間、拓司は駒込某所のマンションの建築現場の警備員として働いた。
仕事のあとに楽しみが待っている状態で一日を過ごすのはかなり久しぶりだ。昨夜は深夜にひとり雪だるまになりかけた男が、今日の夕方には、女の子と待ち合わせ、そのボディガードとして少しの時間を一緒に過ごす。この差は大きい。夜勤から日勤の連続で一睡もしていないにも関わらず、拓司の動きは軽快だった。
夕方5時に業務は終了し、拓司は5時半には駒込駅についた。まだ待ち合わせには時間があるが、自販機で温かいコーヒーでも買って飲みながら待つほどの経済力は彼には無い。駅構内の、風をしのげる位置の壁に背中を押し付け、ただ腕組みをしてうつむき目を閉じる。仮眠だ。
しばらくして、さてどのくらい時間が経っただろうかと目を開けてみると、目の前にアカネが立っていた。
「うおっ」
「ごめんね。疲れてるよね」
「ああ、いやいや。おれは不死身だよ」
「はいこれ」
アカネは缶コーヒーを差し出した。温かい。
「おう。ありがとう」
「工事現場の人って、缶コーヒーよく飲むよね?」
「はは、確かに」
拓司は壁にもたれたまま缶コーヒーを開けて口をつけた。アカネもとなりに立ち、缶コーヒーをあける。駅を利用する人々が忙しく行きかう片隅で、しばしの間、二人並んで壁にもたれて缶コーヒーをすすった。
「実は今日、タクさんが働いてるところ、のぞき見しちゃいました」
「のぞき見?」
「うん。どんなお仕事なのかなーって、ちょっとあの後、タクさんを尾行して、建築現場のところまで行って」
「まじ。ストーカーじゃん」
別に不快ではない。見られて困るものも無い。
「ですよね。いけないことだって思ったんだけど、ちょっと見てみたくて。ほんとは予定あったんだけど、朝電車に乗り遅れちゃって、あーもういいやってなってそれキャンセルしちゃって、時間もあったから」
「そっか。どうだったおれ。まじめに働いてた?」
「うん。素敵だなって思いました。なんで警備員の仕事やろうって思ったんですか?」
「なんでって、理由なんか無いよ。大学卒業してすぐ就職したんだけど、入って半年ぐらいで会社つぶれちゃってさ。あせって別の仕事探したけどぜんぜん採用してもらえなくて。とにかく何かでお金稼がないとアパートの家賃も払えないし、しまいには餓死するしかないからさ。とりあえず自分のできそうな仕事にありついたってだけだな」
「そっか・・・でもなんか、似合ってましたよ。赤い棒ふってピッピッって笛ふいて、ダンプをこう、誘導して」
拓司は苦笑した。
「似合うってのもなんか微妙だなあ。一生警備員やっていくつもりないし」
「実は目指してるものがあったりするんですか?バンドやってるとか」
「あー、うん、警備員やってる人たちには、バンドマンとか劇団員とか、けっこういるな。あとお笑いの人とかね。でもおれはそういうんじゃない。なんの才能も素質も無し!目標も夢もなんにも無し!未来への希望も無し!」
「えー、そんな、そんなの。そんなの楽しくないじゃないですか」
「ええ。楽しくないですとも。楽しくないといけませんか」
「ううん、そんなこと」
アカネは首を振って強めに否定した。
「おれなんてほんと、何で生きてんだか。何かを目指してもないし、何かになろうとしてもいない。ただ一日一日を我慢してやり過ごして、それを繰り返すだけ。それじゃダメ?」
アカネは黙った。缶を口にあて目をまっすぐに向けたまま動かない。
拓司はあわてて取りつくろった。
「ごめんごめん、ただのタワゴトだよ。嫌味だったな」
ついうっかり、うす汚れた部分を見せてしまって、恥ずかしくなる。
アカネは明るい表情になって拓司のほうを向いた。
「彼女とかは?」
「い・ま・せ・ん!彼女とか!いるわけないっしょ!今までの話聞いてなかった?そんな奴に彼女とかはできないの!」
恥じ入ったばかりの拓司は興奮して荒ぶった。
「金があるか、才能があるか、有名な会社に勤めてるか、実家が金持ちか、そういうのがないと、大人の男は女性とお付き合いできないの!まあ、金も才能も無くてもイケメンだったら遊び相手にはしてもらえるけど、イケメンこそおれから一番ほど遠い」
アカネは笑いをこらえた顔で人差し指を立て、拓司の顔を指さした。
「その通り!」
「すこしは否定しろよコラア!」
二人は和やかに笑い合って、飲み終わったコーヒーの空き缶を自販機の横のごみ箱へ投じ、山手線のホームに向かった。
池袋に到着してまだ午後7時前。魔法の杖を修理するという店は夜8時開店だから、ファミレスで食事をすることとなった。ついてきてくれるお礼としてアカネがおごると申し出たが、いやもともと弁償の代わりだからお礼はいらないと拓司は断り、割り勘であることを事前に合意する。
拓司はカツカレーを、アカネは海鮮ピラフを食べた。
食べながら、拓司は「魔法」についてアカネに尋ねた。
「わたしのうち、代々魔法使いの家系で、わたしもそうなんです」
アカネは服の好みの話でもするかのように気軽にさらさらと説明した。
「もともとは今から150年ぐらい前にハリー・パークスっていう偉い人のお供の一人として、わたしのおじいちゃんのおじいちゃんがイギリスからやって来たの。魔法を使って、国家機密に関わるような何かの大事なお仕事をしてたんですって」
「へえー。じゃあなに、アカネ・・・さんは、ハーフなの?」
「ハーフじゃないけど、イギリス人の血は入ってる。英語はしゃべれないですよ。で、おじいちゃんのおじいちゃんの家族の中の何人かが、日本大好きになっちゃって永住して、日本人と結婚して子供産んで。その間、魔法使いとしての技や能力を忘れてしまった人たちもいるけど、わたしのお家ではバッチリ引き継がれてるんです」
「すごいな。魔法って、どんなことができるの?空とんだり、火の玉とばしたり?」
「んー。できなくはないですけど、そんなことしたって、へんに珍しがられたり騒がれたり、怖がられたりするだけですよ。ビジネスにもならないし」
「ふーむ。じゃあどんな魔法?」
「聞きたいですかー?」
アカネは意地悪く微笑んで、拓司を見つめた。
「うんうん聞きたい聞きたい教えて」
拓司は簡単に尻尾を振った。
「タクさんなら信用できるから、教えてあげますね。わたしたちの魔法は、人に夢とか幻を見せること。ただの夢じゃなくて、現実につながる夢」
「というと?」
「まあたとえば、タピオカっていう食べものがあった時に、たくさんの人に、タピオカは珍しい、おいしい、これから流行るぞ、乗り遅れたらかっこわるいぞ、ていう幻を見せるんです」
「おお!」
「そうすると、たくさんの人がその幻に動かされて、これからはタピオカが流行る!と思い込んで、どんどんタピオカビジネスを始めちゃう。いろんなひとがお金儲けできる。そうやって成功したら、私たちはタピオカブームの仕掛け人の人から報酬をもらうわけです」
「じゃあ、あのタピオカブームも、魔法使いの魔法が引き起こした・・・」
「ま、今のはたとえばの話ですけどね。でも、そうでもなきゃ、あんなただの丸いグニグニに誰もが夢中になるなんて、へんじゃありません?」
「なるほどー!」
拓司はいたく感じ入ってしまった。
「ちょ、そんな大事な秘密、おれなんかに教えちゃって大丈夫なの」
「人に教えたくなったら、教えてもいいですよ。誰も信じてくれませんから。あと、ブームの仕掛け人の人に名誉棄損で訴えられるかも」
アカネは楽しそうに笑った。
つづく
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