ホッグ・ノーズ2

ひろひさ

変わる世界

 1年という時間は良くも悪くも人々に大きな変化をもたらした。木島、冴島、両名による人類初の超人事件は世界に大きな波紋を呼び、国際連合は超人に関する国際条約を提唱する。


 その内容は主に4つあり、1つは軍や警察などの公的機関への所属の禁止。もう1つは他国への渡航禁止。さらにもう1つは政治参加への禁止。そして最後の1つは超人を国際連合の管理下に置き、活動を委員会の許可制にし、各国で超人に関する情報を共有するというものであった。


 日本の福山首相は我が国の憲法に反する項目が2つほどあるとこれに反対。政治参加への禁止は自身の支持率アップの為にも利用したいと考えていた首相にとって到底飲めない条件であった。しかし議論の末、超人は国際連合の管理下に置かれることはなく、身長、体重、能力といった一部の情報を各国で共有することとし、締結となる。この時ようやく義人の超人名は『ホッグ・ノーズ』であると正式に決まり、これを世界に公表する。


 このある意味自国に有利な条件を飲ませた福山首相はさらに支持率を上げ、結果的には思惑通り日本はもちろんのこと、世界にその名を刻み込んだ。


 しかし、再び国内で超人による事件が起こらないとも限らない。この時もまだ、有効な手段は義人に頼る他なく、福山首相はいわゆる『超人法』と呼ばれる法律案を国会に提出する。中身を簡単に言ってしまえば超人が起こした、もしくは関わっている可能性がある事件に対してのみ、民間人である義人に協力を求めるというものであった。この法案を野党はそのまま通す訳にもいかず、異を唱えはしたものの、その圧倒的な支持率を前に為す術はなく、ねじれ国会ではあったが、この法案は成立する。


 そんな中迎えた『第34回主要国首脳会議』、通称『北海道洞爺湖サミット』。7月7日から9日まで行われるこの会議に義人はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、ロシア、欧州連合の首脳陣らと交流する為、初めて北海道の地へと足を踏み入れた。

 

 義人は鍛え上げ、より大きくなった体に合わせて仕立てられたオーダーメイドスーツに袖を通し、新しく用意されたマスクを手に取る。デザイン自体には目を通してはいたものの、実物に触れるのはこの時が初めてだった。以前の物は黒地に白の髑髏と牙でネット上では『死神代行』とも書かれはしたが、今回の物は黒地に白で簡略化された豚の鼻が大きく描かれており、その左右に2本の牙という自身の名をより強調した物となっている。


 こうして正装した義人はホッグ・ノーズとして各国の首脳らと言葉を交わし、その模様や握手を交わす様子が全世界へと拡散されて行くのであった。


『あなたはその力を今後どのようにしていこうと考えておりますか?』


『あなたは今後、どうなりたいとお考えですか?』


 各国首脳らは事前に質問内容をこちらに文章で通達しており、用意したホッグ・ノーズとしての回答を述べる。


「もちろん、この力を世の為、人の為に使って参ります」


「国際社会の一員であることを自覚し、人々に必要とされる盾となれるよう、精進して参ります」


 そして記者らを外に出した後、オフレコで首脳らはマスクの下の少年に語り掛けて来る。


『それで、本当のところ君はどうなりたいんだね?』


『君は今後、どういう道に進むつもりなのかな?』


「…………」


 ホッグ・ノーズとしてではなく、梅竹義人としての答え。少し考え、義人はこう答えた。


「人々の手本となるヒーローでありつづけられるよう精進して参ります」


「人々に必要とされるヒーローになれるよう心身共に精進していくつもりです」


「人々の盾としての役割を全うできるよう1日1日を大切に行動していきたいと考えております」


 嘘ではなかったが、100パーセント本心という訳でもない。本当に自分は人々に必要とされているのか。彼は疑問を抱いていた。厄介な種として扱われているのではないかとさえ思えてくるし、しょうがないとは思いつつもやはり自分の手の届かないところで自分の処遇が決められ、自由が侵害されていく。それはとても恐ろしく、将来への不安と恐怖を覚えずにはいられなかった。自分ばかりが損をしているようで正直、面白くもない。


 俺はこれからどうなるんだろう……。


 そして、これから梅竹義人としてどうなりたいのか。まるで見当がつかない。お先真っ暗。自分がどこに行けばいいのかまるで解らなかった。ホッグ・ノーズとしての方向性は定まっているものの、それで梅竹義人が生活できる訳でもないと考えてしまう。


 自分が生み出した筈のホッグ・ノーズが自身の手を離れ、徐々に大きくなってきており、逆に自分がホッグ・ノーズに飲み込まれてしまっている。自分が反対に影のようになっているように感じてしまい、正直ホッグ・ノーズが重荷になって仕方がない義人であった。


 そんな中再び、12月がやって来る。

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