第38話 絶対無敵の怪盗は、嵐も盗める。
二人が食堂に行くと、結花がいた。
ガラスのコップに、緑色のジュースを注ぎ終えたばかりで、茶色いトレーに乗せていた。
「遅かったわね。さっき、木の葉とことり君が、共同ルームに、鬼のような形相で飛び込んで来たわ。それで、静花さんの話を聞いたけど、二人は聞いた?何はともあれ、奏くんは連れて行かれたわ」
瀬奈は、急に寂しい気持ちになって伝えた。
「小菊さんが喋ったみたい。どこから漏れたのかな?何だか、やる気が失せちゃった。あんなに怒った木の葉、初めて見たし、ことちゃんも、あたしのこと軽蔑してた」
「気分の問題じゃないわ!」
知世は、怒鳴りながら、冷凍庫から氷苺を取り出した。
「私たちの実力を見せつけてやるって、最初に張り切ったのは誰?」
責める知世を宥めて、結花が言った。
「そんなに声を荒げないで、落ち着きましょう。瀬奈が、こう言い出すのは分かってたでしょう。安心して、これは、ただのミントジュースよ。奏くんから真相を聞いて、さっき作り直したの。献身花も捨てたわ。でも、多分、寮生たちは、明日の朝まで起きないわよ」
知世が、怪訝な顔をして聞き返した。
「真相?」
「静花さんからの手紙を、小菊さんが、ことり君に届けて下さったの。それで分かったのよ。祠に鬼はいない、成仏しているわ。左中さんが、娘の亡骸を火葬したのよ」
「えええっ!伊庭左中って、あの伊庭左中?伝説の奉公屋さん?」
瀬奈が驚きの声を上げたが、知世は絶句した。
二人の反応を見て、結花が、自虐的に笑って話した。
「ふふっ、驚いたでしょう。私もよ。祠の中には、地獄の鬼より質が悪い、あの七区の頭のギュウジャッガンと、奥さんのワカチカが封印されているの。だから、封印を解いては駄目よ、あいつらを命がけで封印したのは」
そこまで言って、結花が、突然俯いて黙った。
瀬奈は、不審に思って顔を覗き込んだが、びっくりして声を上げた。
「どうしたの?ゆいちゃん!何で泣いてるの?」
知世も驚いて駆け寄ったが、結花は、声を出さずに泣いていた。
知世は、結花のポケットから、はらりと落ちた便箋を拾って、目を走らせた。
「輝龍さん、亡くなってたの?」
瀬奈は、首がへし折れるほどの速さと角度で振り向いた。
「え、死んだって何、嘘だよね?だって輝龍さんだよ?大妖怪で、下界一の奉公屋だよ?」
知世が、赤い便箋を差し出すと、瀬奈は、引っ手繰った。
読み終える前から、瀬奈は、泣いていた。
読み終えると、わんわん泣き出して、次に、わあわあ泣き始めた。
知世も、ぽろりと貰い泣きしたが、涙はすぐに止まった。いや、止めたのだ。
「泣かないで!悲しいのは、瀬奈だけじゃないわ。ことり君の気持ちを考えて!母親が死んでた、それをこんな形で知らされて、むごすぎるわ」
瀬奈の夢は、漫画家だが、輝龍は憧れだった。
凛とした佇まい、清らかな顔つき、柔らかな声、そして最強の奉公屋、何もかもが 完璧な大妖怪だ。瀬奈は心から尊敬していた。
「輝龍さんに、もう二度と会えないんだ」
絶望して崩れ落ちる瀬奈を受け止めて、知世が叱り付けた。
「しっかりしなさい!私たちが泣いたら、ことり君が泣けないわ。きっと御葬式にも参列してない。御葬式じたい執り行われなかったのかもしれない。母親の死に顔まで見られなかったなんて、残酷な話だわ」
結花が、白い木綿のハンカチを取り出して、瀬奈に手渡した。
「私たちがするべき事は、赤目守りを止めること。お盆の森を護ることよ。あの森は再会の森、別名、お盆の森。また、きっと会えるわ。輝龍さんは、必ず会いに来てくれるわよ。涙を拭いて急ぎましょう」
瀬奈が、ハンカチで鼻をかんだので、結花は、気分を害して文句を言おうとしたが、大声と笑い声が食堂に響いた。
「やあっーと正気にかえったか」
「あははっ、まともな性格に戻れて良かったね」
木の葉の隣で、ことりは笑ったが、奏は、ぶすっとしていた。
「ちょっとは人間らしくなったよ」
「そうね、そう言われても仕方ないわ」
結花は苦笑いした後、真剣な顔つきで話し始めた。
「皆、よく聞いて。作戦は変わった。ことり君たちには、私たちが先に立てた作戦を話していないから補足しながら話すわね。最後まで口を挟まないでね」
結花が、ちらりと瀬奈を見たので、今度は、瀬奈が気を悪くした。
「分かってるわよ!静かに聞くわよ!」
他のメンバーも頷いた。
一同は、神妙な顔つきで、熱心に耳を傾けた。
「樊籠小学校は、昭和になって建てられた。娘が生きていた頃は、沼地だった。初代の校長先生が、更地にして学校を建てたのよ。七不思議の通りなら、娘は、沼地に埋められたまま。私たちは、北校舎の図書室の真下に、娘の遺体があると思ってた。だから当初の計画では、昼間のうちに先生たち熟練奉公屋を片付けて、夜になって祠を壊す予定だったわ。でも、娘は成仏していた」
「ほんと、びっくり!さっき手紙を読んで驚いた。埋まっているのは、樊籠小の初代校長のミイラ化した躯だなんて!」
口を挟んだ瀬奈に、皆の視線が注がれた。
やっぱり、といった顔で見られて、瀬奈が、しょんぼり俯いた。
「静花さんの指示通りに動きましょう。鬼はいないけど、祠はなくなる。爝火さんが、祠ごと、ギュウジャッガンとワカチカを焼き払う。かなり燃え盛るわ。鎮火するには、多量の水が必要。私たちは、水の確保に移るわ」
「でも、どこに、そんな水が」
落ち込んでいた筈の瀬奈が、又も口を入れたが、結花は、にこっと笑って言った。
「私たちには、無敵の怪盗がいるでしょう?ジェラルディンに、盗めないものは何もない。嵐だって、盗めるわ。大胆不敵で予測不能、絶対無敵の怪盗よ。まずは、連絡を取らないと。だから、赤目守りを説得するの。赤目守りに呼んで貰いましょう!」
この作戦に、反対者はいなかった。
六人は、作戦を実行し始める前に、瀬奈の提案で、結花が作り直した『能力最上・パワー200%ミントジュース』を飲むことになった。
しかし、眠らせる先生は五人しかいなかった為、ジュースも五人分しか作っていない。
瀬奈と木の葉は、何も考えず、おいしそうに飲み干した。
奏と知世も飲み終えて、爽やかな気分になったが、ことりと結花は、残りの一杯を押し付け合った。
「僕、ミント苦手なんだ」
「意外と美味しいのよ、メロンソーダと思えばいいわ」
「いや、遠慮するよ。ハーブ系苦手なんだ」
「瀬奈が改良したブレンドミントは、ほんとに凄く元気爽快になるわ」
「じゃあ、譲るよ」
会話は、いつまでも終わりそうになかったので、木の葉と奏が、全力で止めるのも聞かずに、瀬奈が飲み干した。
「おい、どーすんだ。こいつ、400%になったぜ。ただでさえ危ねえ奴が、犯罪級の能力になったぞ」
木の葉が深い溜息をつくと、 奏も投げ遣りになった。
「勝手になればいいよ」
二人は、顔をしかめていたが、知世は冷静に分析した。
「いいじゃない。より一層回復の早い者がいるのは、心強いわよ」
ことりと結花は、黙って聞いていたが、心の中で似たようなことを思っていた。
(いつも以上の力か。荒れそうだね)
(いつもの倍ね、暴走しそうな予感がするわ。
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