第37話 殺人鬼の台詞


 瀬奈の言葉には、人としての感情がなかった。

 そのことが、ひしひしと伝わって、木の葉は、嘆いた。


「何があったんだよ。おまえ、おかしいぜ。命を何だと思ってる!母ちゃん父ちゃんが、大事に守ってきた命だぜ。愛情で生かされる命だ、殺される権利は持っちゃいねえ!先生たちも殺す必要がねえだろ。妨害計画は、どうなったんだよ」 


 知世が、不気味に微笑んで、瀬奈のかわりに答えた。


「だから、これが妨害計画の内容。とっとと殺されて欲しいわ。死んで貰うのが、一番てっとり早く片付いて確実に露見しない方法。邪魔するなら消えて?」


「はあ?消えろだぁ?おまえ、こんな最低な奴だったのか?殺人鬼の台詞だぜ。おまえら、いい加減にしろよ!」


 逆上した木の葉を、ことりが、止めた。


「わかった。僕たち三人は離脱する。君たちの好きにすればいい。僕たちは、この夏休みは大人しく寮の掃除をして過ごす。罪のない命を護るのが、奉公屋の仕事だよ。奪う為に能力を使うなんて、卑劣だね」


ことりと木の葉が、部屋を出て行くと、瀬奈が、不満げに言った。


「あーあ、せっかく大妖怪の子供を仲間にしたのに~。殺しちゃうの?」


 瀬奈が、探る様な目付きで知世を見ると、知世は、不敵な笑みを浮かべた。


「放っておいても問題ないわ。あの三人は、十分、利用できる。それに、トイくん達もいるわ」


 瀬奈たちは、春人たちが、この作戦から手を引いたことを知らない。

 それで、瀬奈が、嬉しそうに言った。


「そうね、木の葉と奏くんがいなくても、ちゃんと助っ人がいる。トイくんも、妖怪の子だから。大妖怪には劣るけど、頼もしい味方だよ。春人くんとタエちゃんも、一応は奉公屋の子供だし。今は、校舎の中を確認しないと」


 瀬奈と知世は、モニター画面を見た。

 時刻は九時前で、事前に調べた通り、職員室には先生が五人いた。

 それぞれが、机の上にプリントやらノートやらを広げて座っていたが、慌ただしく椅子から立ち上がる先生もいた。

 ノートを熱心に読んでいる先生も、丸つけに没頭している先生もいた。


 小学校の先生に夏休みはない。これは、奉公屋の育成学校でも同じだった。

 人間の教諭と同様、勤務時間も朝の八時から夕方の五時だが、これは形式だけだ。

 西野小の先生たち奉公屋も、何から何まで人間の先生と一緒で、五時に帰れた日が一度もない。


 これは、瀬奈たちにとって、迷惑な話だった。

 夜の九時まで残って仕事をする先生がいるのは、悪事遂行に邪魔なだけである。

 けれど、今日出勤している先生は、たったの五人だ。 

 各先生の日頃の行動パターンも、性格も熟知している。


 他の先生たちは、有給休暇を取っていた。

 遠出をしているので、二、三日は不在、宿舎にいる先生はいない。


 樊籠小学校の先生たちは、夏休みの団体旅行で全員いない。

 守衛がいるが、ただの人間だ。

 どうとでもなるが、西野小の先生たちとなれば、話が別だ。

 万が一にも熟練奉公屋に知られたら、計画は、水の泡なのだ。

 故に、絶対に、五人を片付けなければならない。


 もしも失敗すれば、祠を壊して、鬼を復活させる計画が邪魔される。

 そうなると、永遠に腐敗しない娘の躯を、樊籠小の北校舎から発掘できなくなる。


「ミント水の準備は、本当に出来てるのね?」


 知世が念を押すと、瀬奈が頬を膨らませた。


「心配しなくたって、ばっちりだよ。ちゃんと睡眠氷すいみんごおりも用意してる。ゆいちゃんて、発想が面白いよね。ミントの匂いで睡眠草の匂いを搔き消すのは、良いアイデアだと思う。クーラーが効いた部屋にいても、夏に冷たいジュースを差し入れするのは自然だし、氷入りだと普通は喜ぶよね。苺シロップを入れて調合したら、苺の甘い匂いが圧倒的に強いもの。氷にすれば、溶けだすまで花の匂いは絶対しないしね。それに、これでもかってくらいミントを大量に入れて作ってるから、香りがきつ過ぎて気付かれないよ。人の心理を利用したグッド作戦だよね!」


 結花を褒めつつも、自分の手柄のように話す瀬奈を横目で見て、知世が言った。


「ミント好きな先生が多いから、ミントを選んだだけ。氷苺は、時間差で溶けるように調整してあるけど、念の為もう一度、試しておくべきだったわ。睡眠草に耐性がある先生もいる。改良した麻痺花まひばなのエキスを入れたけど、不安になってきたわ」


「ともちゃんて、心配症だよね。最近、あたしたちの能力は、めきめき上達してるし、安定もしてる。自分で言うのもなんだけど、あたしたち学校では初等科だけど、実践ではプロ並よ。ようは、邪魔な先生たちを片付ければいいだけなんだから、大丈夫だよ。あたしたち優等生が配るジュースを疑う先生は、一人もいないよ。そろそろ行く?」


 モニター画面を見ると、三年生を受け持つ先生が、新品の雑巾を持って職員室を出たところだった。

 廊下を歩いて、そのまま自分の教室へ行くと、児童の机を一つ一つ丁寧に拭き始めた。 


「えっ!あんなこと、いつもやってたんだ」


 瀬奈が、目を見開いて、ぽつりと呟いた。知世は、瀬奈を見遣って咎めた。


「くだらない、いつもとは限らないでしょ。それに、たかだか机拭きくらいで絆されて!学校を潰さなければ、呪縛から解放されないわ。奉公屋になりたくないんでしょ?私は、キャビンアテンダントになりたいわ。奉公屋なんて儲からない商売は、絶対にイヤ!」


 瀬奈は、力なく頷いた。先程の木の葉の声が、耳に残っていた。

 ことりに言われた言葉も、突然ずしりと胸にこたえたのだ。

 

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