第四章:心の扉を開く時
静真は数日後、無事に退院した。
私が病室を訪ねると彼は少しばつが悪そうな顔をした。
「……すみません。ご迷惑をおかけしました」
「……ううん。私の方こそごめんなさい。……私、最低な女だった」
私たちはどちらからともなく頭を下げ合った。
気まずい沈黙。
その沈黙を破ったのは私だった。
「……これ、読んでくれる?」
私は彼にプリントアウトした原稿の束を手渡した。『彼女のいた部屋』。
彼は黙ってそれを受け取るとゆっくりと読み始めた。私は彼の表情の一つひとつを息を詰めて見守った。
静真の表情が次第に変化していくのがわかった。最初は戸惑い、そして驚き、やがて深い感動へと移り変わっていく。
私が書いた記事は単なる取材記事ではなかった。それは美咲さんという一人の女性への鎮魂歌であり、静真への理解と共感の証でもあった。
全てを読み終えた彼は顔を上げた。その瞳は涙で濡れていた。
「……ありがとう」
彼は震える声で言った。
「……これでやっと彼女も本当に安らかになれると思う。……そして俺もやっと前に進める気がする」
その穏やかな微笑みを見て私は、私のゲームが完全に終わったことを知った。
そして新しい何かが始まろうとしている予感がした。
「静真くん」
私は彼の名前を呼んだ。
「私ね……今まで恋愛をゲームだと思ってた。相手を支配して自分の思い通りにすることが愛だと勘違いしてた」
彼は静かに私の言葉を聞いている。
「でもあなたと過ごした時間で初めて知ったの。本当の愛って相手を理解しようとすることなんだって。相手の痛みを自分の痛みとして感じることなんだって」
私は今まで感じたことのない恥ずかしさと同時に、清々しさを感じていた。
「私、あなたのことが好きになった。でもそれは今までの私の『好き』とは全然違う。あなたを傷つけたくないし、あなたの心を勝手に覗こうとも思わない。ただ……あなたの隣で一緒に歩いていけたらいいなって思う」
静真は長い間黙っていた。
そして彼は私の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「煌月さん……いえ、響子さん」
初めて彼が私の名前を呼んでくれた。
「俺もです。俺も……あなたのことが好きになりました」
その言葉を聞いた時、私の心に温かいものが流れ込んできた。
それは今まで感じたことのない穏やかで優しい感情だった。勝利の快感でも征服の喜びでもない。ただ純粋に愛する人に愛されている幸福。
「でも俺にはまだ時間が必要です」
静真は続けた。
「美咲のことを完全に整理するまで……新しい恋……愛……に踏み出す準備ができるまで……」
「待ってる」
私は即座に答えた。
「どんなに時間がかかってもいい。私、待ってる」
それは今まで一度も言ったことのない言葉だった。
今までの私なら相手を待つなんて考えられなかった。
でも今は違う。
彼のペースで彼の心が癒えるまで、私は側で支えていたいと心から思った。
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