第6話 三つ子の姉妹との相談と葛藤

 結月との秘密の関係が始まってから、吾郎の心には常に、甘い蜜のような快楽と、深い罪悪感が混在していた。夜が明けると、何事もなかったかのように振る舞う結月と、その様子を窺う自分。その繰り返しは、吾郎の心を少しずつ蝕んでいった。


 そんな吾郎の異変に、三つ子の姉たちも気づき始めていた。ある日、学校から帰宅すると、リビングのソファーには、皐月と芽依、五月の三人が並んで座っていた。彼女たちは吾郎の姿を見つけると、一斉に顔を上げた。


「吾郎、ちょっと、こっちに来て」


 活発な皐月が、代表するように吾郎を手招きした。その目は、バスケの試合で見せるような真剣さだった。吾郎は、何が始まるのかと内心で身構えながら、三人の前に立った。


「吾郎くん、最近、元気ないみたいだけど、何かあった?」


 おっとりとした芽依が、心配そうに吾郎の顔を覗き込む。その優しい瞳には、吾郎の心を見透かすような鋭さが宿っていた。


「吾郎、何か悩みがあるなら、私たちに話してちょうだい」


 五月は、静かにそう言った。その声は、吾郎に話すことを促すようだった。吾郎は、姉たちの真剣な眼差しに、胸が締め付けられるような思いがした。


 吾郎は、意を決して、胸の内に抱えていたコンプレックスを打ち明けた。


「俺さ…昔のアルバムとか見ると、俺だけ、誰にも似てないんだ…」


 吾郎の言葉に、三人の姉たちは顔を見合わせた。


「…もしかして、俺って、みんなと血が繋がってないのかな…って」


 吾郎がそう言うと、三人の姉たちは、驚きと動揺の入り混じった表情を浮かべた。しかし、その表情はすぐに、吾郎を慰めようとする愛情に変わっていった。


「な、何言ってるの吾郎!」


 皐月が、吾郎の言葉を遮るように声を荒げた。


「吾郎は吾郎だよ!そんなこと、関係ないじゃない!」


「そうだよ、吾郎くん。私たちは、吾郎くんのことが大好きだよ」


 芽依も、吾郎の手をそっと握りながら、そう言った。


「血縁関係なんて、些細なことよ。大切なのは、私たちが家族だっていうことよ」


 五月も、いつもは冷静な口調だが、その声には吾郎への深い思いやりが滲み出ていた。


 吾郎は、姉たちの言葉に、心が温まるのを感じた。しかし、その安堵は、すぐに別の感情へと変わっていく。


「吾郎は、私がいなくちゃダメなんだから…」


 皐月がそう呟くと、芽依が「違うよ、吾郎くんは私がいないとダメなの!」と反論した。五月は、そんな二人を冷静に見つめながら、「いいえ。吾郎に必要なのは、私よ」と口を挟んだ。


「何言ってるの、五月!吾郎はバスケの練習にも付き合ってくれるし、やっぱり私なんだから!」


「そんなの、吾郎くんが優しいだけだよ!吾郎くんの心を癒せるのは、私しかいないんだから!」


「いいえ。吾郎は、私の知性に惹かれているわ。私こそが、吾郎の真の理解者よ」


 三人の口論は、次第にエスカレートしていった。吾郎は、彼女たちからの深い愛情を感じる一方で、その裏にある、自分を独占しようとする独占欲のような感情を察知した。それは、結月との関係に似た、甘く危険な匂いだった。


 吾郎は、三人の姉たちの口論を、ただ呆然と見つめていた。自分が抱えていた孤独を埋めるために求めた愛情は、新たな葛藤と苦悩を生み出そうとしていた。


 この日を境に、吾郎の心は、結月、そして三つ子の姉たちとの間で、さらに深く、揺れ動くことになる。

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