【短編小説】愛について

@sososorako04

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浮気が主題のドラマというのは、たいてい薄暗く、どろどろとした表現が目立つ。人の不幸を喜ぶ風潮も助長して、目を背けたくなるようなシーンも多い。


けれど私にとってそれは、夏の、太陽に当てたガラスのような記憶だった。あたたかくて、ふるふるとしていて、油断すると、あの時の思い出だけでいまだに涙が出そうになる。


昔、今の夫とまだ交際していた時に、同性の相手と関係を持ったことがある。


女子高の時の同級生だったので、たまに会ってくる、と言っても全く疑われることは無かった。それどころか、笑顔で見送られることしかなかった。だから安心して、逢瀬を重ねていた。何度も何度も。


そんな日々が崩壊してなくなってしまうのは、あっという間だった。


私が、今の夫からプロポーズされたのだ。


たぶん一生覚えている。あの、そろそろどうかな?という無垢な表情。ちょっといい、けど気取っていないフレンチのお店に行った帰りだった。差し出された指輪を見て、どこでいつ、サイズを測られたんだろうと思う隙もなかった。彼は恥ずかしそうにずっと俯いていたので、私の初動を、あの眉間に寄せられたしわを目撃することはなかった。私はそのとき、一瞬だけしてしまった苦しそうな表情を両手で隠して泣いた。喜びから涙を流していると勘違いしてくれた彼は、そのまま私を抱きしめた。正直こんなことになっても関係を続ける勇気が私にはなく、プロポーズされた次の日に、別れを告げるため、私は彼女に連絡した。彼女からの返信を待つ時間が恐ろしく長く感じた。そしてそれは、今も続いている。


彼女から、返信は来なかったから。


だからここからは憶測だけど、多分、先にプロポーズされたことを知ってしまったんだと思う。ありえない話じゃなかった。何人かいる共通の友人から、聞きたくもない噂が流れてくる経験は、自分にもあった。


彼女には、もともと、付き合っている男性がいると話していた。それでもいい、あっちと結婚する気が合っても、私とのことは遊びでいい、と言ってくれたのは彼女の方だった。それでもいいから、ちょっとだけ隣にいてと。


本当に自分のことを、心から勝手な女だと思う。今でも罪悪感に駆られる。消えたくなる。優しいだけがとりえの、大切なことを言い出せない最低な女。断る勇気のない屑。楽しければそれでいいだけの女児みたいな子ども。私はそういう人間。


ナイフで刺されることだって覚悟していたのに、彼女は音もなく消えていった。猛暑としかいいようのない夏の日、すぐ消えてしまう水たまりみたいに。


数度メッセージをこちらから投げてみたけれど、もちろんなんの返事もなかった。


殴ってくれた方が、攻撃してくれた方が楽だったんだと、私は、自分にとっては長く、地球にとっては刹那のような時間のなかで、やっと知ったのだった。


自分が悪い、と分かっている。だから償えと、だれかに言われたらもちろんそうする気だった。それなのに、私の犯した出来事は宙に浮いたままだ。そして、夫には死ぬまで隠し通す、と決意している。この決断がまた私をむしばむ。言い出せない私。言ったとしても、もう戻らない事実。


私にとってそれは、夏の、太陽に当てたガラスのような記憶だった。あたたかくて、ふるふるとしていて、そして、とがったようにまぶしく、目を背けたくなるような思い出。


あたたかさのなかに傷つけられるような残酷さや罪悪感が入り交じる。その気持ちが共存するということを知ったのもまた、彼女との日々があってこそだった。


毎年。夏の日の、目も当てられないような痛い紫外線のなかで、わたしはいつも、置き去りにされた子供みたいに呆然と立ち尽くす。


おわり

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