⑮どきどき初配信アフター
「はぁーっ……お、おわったぁ……。」
初配信を終えたばかりのライカはその場にぺたんと座り込んで、ぼーっとした表情で天井を見上げている。まだ興奮が収まらないといった様子で頬は赤く、ぶかぶかのTシャツには汗がにじんでいる。
配信の時間は1時間にも満たなかったけれど、そもそも人前で話す経験自体がほとんどなかっただろう。ましてや女の子の姿で、世界中に向けて話すだなんて、それはもう精根尽き果てるくらいの大仕事だったはず。
「お疲れさま、どうだった?」
隣で見守っていた私は、タオルを手渡しながらようやくライカに声をかける。なにしろ配信中に声をかけるわけにはいかないしね。
「えっと……どきどきして、緊張して、頭のなかがいっぱいになった、けど……。」
「けど?」
「……楽しかった、とっても。」
額の汗をタオルでぬぐいながら、ライカは配信の思い出をかみしめるみたいに、ゆっくりゆっくりと言葉を紡いだ。
「ね、ぼく、ちゃんとできてた……?」
瞳が潤んでいるように見えるのはきっと気のせいじゃないと思うけど、あえて気づかないフリをして私は応える。
「ああ、ばっちり! 花丸満点の、最高の配信だったよ。」
ぐっと親指を立ててウィンクしてみせる。本当なら感情のままに抱きしめたかったけど、そこは大人としてぐっと自重した。
「私だけじゃない、見に来てくれた人たちもきっとそう思ってるはずさ。」
「ほんとに?」
「ほら、これこれ。エゴサした結果、見てみなよ。」
サブモニターで開いたTwitterの画面をライカに見せる。そこには「天窓ありか」で検索したエゴサーチの結果が表示されていて……。
・天窓ありかって子の初配信、すごい良かった……! 声もいいんだけど言葉に気持ちが乗ってる感じがして、すごく心地いい
・天窓ありかちゃんまーじで可愛かった! ガチの新人? 絶対伸びるわこの子
「おそらく、さっき見に来てくれた人たちの感想じゃないか? 2人とも大絶賛だよ」
「はわ……わわわっ……!! か、可愛いって……声が良いって……?!」
ライカは耳まで赤くして嬉しそうにしてる。(もふもふの犬耳だけじゃなくって、ちゃんと人間型の耳もあるみたいだ)その横顔を見て、私もまた嬉しくなってしまう。
「うん、本当に素晴ら……」
ぽふ、と胸に重みを感じた。え、あったか……やわらか……いい匂い……。
え? え????? What???? 突然の出来事から我に返って手元を見ると、私の腕の中にライカの小さな体がすっぽりと収まっていた。え、ちょっと待って待って、無理無理無理無理、なにこの状況??? 特殊イベントですか?? 据え膳ですか???!?! 手を伸ばそうとして、そのときライカの肩が震えていることにはじめて気付いた。
「ぼく……ぼくね。本当はずっと、ずっと……自分の声が嫌いだったんだ。男らしくないって、父さんにも兄さんたちにも言われて、情けなくて恥ずかしくて……。でも、今は……。」
ライカはそこで一度言葉を切って、私をまっすぐに見つめる。この上目遣いの可愛さ、あまりに破壊的だっ……。
「ありがとね、チハル。ぼく……初めて、自分が……好きになれた気がするんだ。」
その瞳から一つ、大きな涙がこぼれて。その後には雨上がりの空のような、くもりのない笑顔。
「うん……良かった。その言葉が聞けて、私も本当に嬉しいよ。」
自然と言葉が出ていた。こんなに良い子が、異世界で人知れず朽ちていくなんて、神が許したって私が許さない。この世界にやって来て、私と出会ったのはもはや運命だよ! なんたってこの子は、この世界で誰よりも輝ける可能性を秘めてるんだから。
「ねえねえ、はやく次も! 次の配信もやろうよ!」
「もちろんだとも。これからライカのしたいこと、いっぱいしよう。」
「……あ、でもなんの配信しよっかな……。そういえばまだ決めてなかったっけ。」
「おや、お困りかい? ふっふっふ、そんなこともあろうかと!」
私は胸元からさっと分厚い手帳を取り出した。こつこつと書き溜めた"ライカにやってほしい配信"のネタ帳だ。
「まずは王道のゲーム配信! 誰もが知ってるレトロゲームに、リアクションが映えるホラーゲーム! 新規リスナーが見込める、流行ジャンルの格ゲーFPSっていうのもいいねぇ……。他に定番といえば歌枠……って、ライカはこっちの歌を知らないから難しいか。じゃあ食レポってのはどうだろう? こちらの料理やお菓子をはじめて食べてみる、ってのも新鮮で面白いんじゃ!? リアクション方向で攻めるなら足つぼとか激辛とかっていうのもあるけど、これは流石に叡智がすぎるか……?」
ページをめくりながら、次々と浮かんできて止まらないアイデアを熱弁する。あとは本音を言うと耳舐めASMRとかさ! おしがまとかさ! でもこの辺は最近、ちょっと規制が厳しいっていうしねえ……あ、それならリングフィットアドベンチャーで熱い吐息を聞かせてもらうとかもいいかもしんない!
「う、うん……うん……? 言ってることほとんど分かんないけど、なんか面白そうなのがいっぱいなのは分かった!」
自分でも説明に熱が入っているのが分かる。ライカならきっと、どのテーマを選んだとしても素晴らしい配信になるだろう。
――――
「配信終わりのツイートもよし、エゴサも完了っと。本当にお疲れさま、ライカ。」
「あ、ねえねえ千晴! ぼく、感想書いてくれた人たちにお返事書きたい!」
ライカはそう言って、Twitterでエゴサをしながらリプライを書きはじめた。 その間に私は配信の後片付けをはじめる。
配信用のコンデンサーマイクは湿気に弱いから使う度に専用のケースにしまわないといけないし、どんなに気を付けてしゃべってもツバがキーボードやモニターに飛ぶのは避けられない。放置して跡にならないように毎回ちゃんと拭き取らないと。でへへ……推しのツバ……。
それが終わったら切り抜き動画作って、概要欄にもタイムスタンプつけて、次の配信のサムネイルを作って……ふふふ、まだまだやりたいことがいっぱいだ。
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