⑭ライカの回想~どきどき初配信後編

 国王とその親族たちが暮らすシンラ国の王城、月明かりに照らされたその威容は見る者に荘厳な印象を与える。その城郭のはずれには、どことなく場違いな雰囲気のある石造りの小さな塔がぽつんと立っていた。第三王子ライカ・プロトスタ・シンラはそこで暮らしていた。……というより、幽閉されていた。

 その塔に近付く者はいない。王城から伸びた一本の渡り通路を辿って日に2度、見張りの兵士が交代に来るだけだ。塔の窓という窓は分厚い石でふさがれ、まるで内部の存在を世間から秘匿するかのようだった。檻こそないが、まるで牢獄のように無機質な空間。

 外の景色はただ一つ、天井に開いた小さな天窓からしか見えなかった。


「……ふわぁ。」


 ライカは何度も読んでボロボロになった本をそっと閉じて、ぼんやりと天窓を見上げ、そして一つため息をついた。月の光が薄暗い部屋に降り注ぎ、まるでこの世界には自分しかいないみたいに感じる。こんな日々をもう何百回繰り返してきただろうか。

 王家の第三王子として生まれたライカだったが、父や兄弟たちのような力強い体格も、武の才能も、カリスマ性も、ライカには生まれつき備わっていなかった。


『なぜお前は、いつまでたっても子どものままなのだ!』

『文字を読む暇があるなら剣を振れ。王子だろう?』

『この王家の恥さらしめ!!』


 何度そんな言葉を投げかけられただろう、思い出すだけで胸がずくんと疼く。ライカは何も言い返せなかった。争い事が好きじゃないのに、自分らしく生きているだけなのに、それが間違いだと決めつけられているようで、あまりにも息苦しかった。

 いつからか、ライカはこの閉ざされた空間で暮らすことを命じられた。人々にライカという存在が知られないように。王家の権威が揺るがないように。

 この塔には外の声は届かない。そして、ライカの声も、誰にも届くことはない。

 世界中の誰もから見捨てられたようなこの石造りの空間で、ただ一人でずっと、ずっと、ずっと、ただ生きるだけの毎日。


「う、うぅ、う……。」


 瞳にじわっと、涙が込み上げてくる。

 一人にしないで。話を聞いて。ぼくを見て。

 両親にも、兄弟にも誰にも言えなかった気持ち。

 ずっと、ずっと、夢に見ていた。

 いつか、誰かが、この閉ざされた塔からぼくを連れ出してくれる日が来るんじゃないかって。


――――


「2人も、ぼくのこと見てくれてる?!」


 ライカは心の底から嬉しそうに、同時接続者数:2人 という文字に目をキラキラさせている。


(……私には想像もつかないほど、つらい経験をしてきたんだろうな。)


 ほんの数秒前まで、気落ちしていた自分が恥ずかしくなる。そうだ、ライカの初配信を楽しむために視聴者が来てくれた。そしてライカが幸せそうにしているんだ。それだけで大成功じゃないか!

 水をぐっと一口飲むと、気を引き締めて初配信を見守ることにする。何しろ、"天窓ありか"の物語はまだ始まったばかりだ。


「じゃあ、初配信ってことで今日は……自己紹介をしてみるね。」


 ある程度の流れは事前に決めてあったけど、話す内容は基本的にライカのアドリブに任せる形にすることになっている。ここからは私も知らない、ライカが紡ぐ新しい物語の1ページだ。


「が、がおー! 改めて、はじめまして! ぼくは、“天窓ありか”。異世界からやってきました! 狼の王国の、元・王子です!」


 コメント:

 ・めっちゃ可愛い!!

 ・すっげーいい声……。


「え、か……可愛い!? いい声?! あの、ありがとうございますっ、ありがとうございますっ……。で、ですよね、可愛すぎますよね、こんな女の子になっちゃって……。えへ、えへへへ……。」


 瞬間、天窓ありかの表情がふにゃっと綻ぶ。自分の目の前にうつっている天窓ありかと目が合って、ライカの頬は更にゆるみまくる。ああもう、だからお前が可愛いんだよぉ! ライカはコメントの1つ1つを噛みしめるように復唱し、心から嬉しそうにお礼を言っている。その姿だけで、なんだか胸の内があったかくなるみたいだ。


「その、悪い魔女の呪いで女の子の姿になっちゃって……。この姿で、VTuberっていうのをやってみることになりました!」


 ・超可愛いしむしろお得

 ・男の娘ってこと?!


「お得?! そ、そうなんですか?! わーい!? おとこのむすめ……? いえ、ぼくはお父様の息子ですけど、え、そういうことじゃない?」


 コメントも継続的に来ているし、ライカも余裕を持ってコメントを拾えている。何よりずっと楽しそうにしてるのが配信者として百点満点。ずっと人との繋がりを欲しながら、一人で飢え続けていた経験が、内から湧き上がる感情になっていままさに花開いているのを感じる。……これだよ! 推す喜びっていうのは!


「好きな食べ物は"おこさまランチ"です! この世界に来てはじめて食べたんだけど、お肉とかおかずがいっぱい入っててすごく美味しくってっ……。」


 ・お子さまランチ!?

 ・逸材の予感


 ライカが話すのに合わせて、天窓ありかのLive2Dモデルも嬉しそうに微笑む。体を揺らすたびにふわふわのツインテールがなびくさまは、手前味噌ながら企業勢クオリティといえるだろう。それにしてもそんなに気に入ってたんだ、おこさまランチ。今度また連れてってあげよっと。


「主な活動は、うーんと……まだ"この世界"のことがよく知らないんだけど。楽しいことをいっっぱいしたいなー! お話とか、げぇむとか、音楽とか……たくさん、たくさんっ。だから、この世界のこと、これからぼくにいっぱい教えて下さい!」


 ・よしまずはホラーゲームだ

 ・無慈悲で草


「……ほんとに、ありがとね。この世界に来るまで、今日という日を迎えるまで、ずっと……ぼくの居場所なんかないんじゃないかって、ずっとこわくて。だからこんな風にコメントしてもらてると、なんだかすごく安心して、ここにいてもいいんだって、安心できるの。」


 ・楽しみな新人さんだなぁ、推すわ

 ・いっぱい楽しんでねー


「まだ分かんないことだらけだけど、がんばってみるからっ……見ててくださいっ!」


 ライカは、満面の笑みを浮かべてぺこりと頭を下げる。その目尻には小さく涙が浮かんでいるようにも見える。抱きしめて、めいっぱい褒めてやりたくなる気持ちを、腕を組んでぐっと堪える。


(ほんとうに、よくやったよライカ。最高の初配信だよっ……!)


 私たちが新たな1歩を踏み出した瞬間だった。

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