⑦これがVTuberだよってライカに教える回

「ばあちゃん……ゆーちゅーばー?」


 ライカと衝撃の出会いを果たし、一夜が明けた朝。ライカは寝癖でくしゃくしゃになった髪を手ぐしで整えながら問いかけてきた。まだ少し眠そうで、ぼーっとした表情が愛らしい。

 私は寝たのかって? もちろん夜通し作業をしてたから徹夜だとも。過酷な社畜生活(※ただし自主的な)に慣れきった体は、1徹くらいじゃビクともしない。


「うーん、惜しい! ばーちゃる、ね。バーチャルYouTuber。まあ百聞は一見にしかずって言うし、まずはちょっと見てみなよ。」


 私はゲーミングPCを操作し、事前に見繕っていた動画リストのなかから一つを選んでクリックする。モニターに映ったのは儚げな幽霊の少女によるゲーム配信のアーカイブだ。遊んでいるのは赤い帽子を被ったヒゲおじさんが主人公の定番2Dアクションゲーム、なかでもかなり初期の作品のようだ。この頃のゲーム特有のレトロなピコピコ音って心地いいよね。


『えっ、あ、わっ……あ、またヒゲさんがお亡くなりですねぇ。ご愁傷さまですぅ……。』

『あうぅ、げぇむおーばー……。このままじゃ私、ほんと成仏しちゃうんですけどぉ……。』

『えい、えい、えいっ。うふふ……カメさんはみーんな地獄へご招待ですよぉ……。』


 コメント:

 幽霊なのか死神なのかはっきりして

 どうか逝かないで

 成仏しないでクレメンス

 つ香典 ¥500


 ツッコミどころ満載のトークとふわふわとした可愛い声が、多くの視聴者たちを惹きつけているようだ。ライカはその様子を目をまんまるにして食い入るように見つめている。


「わぁっ!? 絵が動いて、喋っている……!?」

「ふふん。どうだい、面白そうだろう?」

「面白そう、っていうか……その前に聞きたいんだけど!」


 ライカは一呼吸を置いて、まっすぐに私を見つめー


「えーと、そもそもなんなの、この箱?」


 ―パソコンとモニターを指さした。


 うむ、確かにそこからか、うん! 私としたことがうっかりしていた、バーチャルYouTuber以前に、そこから説明するのが先じゃないか。


「……うむ、よぉし! 任せたまえ、ライカ。私が一つ一つ説明していくとも。」


 まずはお茶とお菓子の準備でもして、現代文明に関する知識から説明しよう。バーチャルYouTuberとか、これからの計画について話すのはそれからだ。


----


 ライカに現代日本の日常的な常識をレクチャーし、窓から差し込む日差しがだいぶ真上に近づいてきた頃。


「なんとなく分かってきた……かも? つまり、この"ぱそこん"っていうのは魔法の箱で、これを使えば世界中の人たちとおしゃべりできる、ってことで合ってる?」

「うむ、そういうことだね。お話以外にも音楽や映像、プログラム……といっても分からないか。まあ、そういった様々なものをやりとりできるんだ。」


 まずは電気の説明からはじまり、つづいてパソコンやスマホ、そしてインターネットといった存在についてまで、大まかな説明をようやく一通り済ませることができた。


「そんなすごい技術が世界中に広がってるってコトかぁ……。この世界の文明、もしかしてシンラ王国よりもずーっと進んでるのかも。」


 床にぺたんと腰を下ろしたライカは、ぬるくなった緑茶をぐいっと飲み干して言った。元・王子さまだっていうのに女の子座りが似合いすぎだぞ、この子。っていうか、来て間もないというのにすっかりこの部屋に馴染んでいるなぁ。

 床には2人で食べて空になったスナック菓子の袋がいくつも転がっている。一人暮らしの間はゲーミングデスクで食事を摂ればよかったけど、あとで2人用のダイニングテーブルも買わないとなぁ。毎日床に食器を置いて食事をするわけにもいかないし。


「そして、この画面に映ってる人たちは"バーチャルYouTuber"と呼ばれている、ここまでは大丈夫かい、ライカ?」


 指さしたモニターの中では、今も幽霊の少女がアクションゲームの続きをプレイしている。高難度の火山ステージに突入し、可愛らしい悲鳴をあげながら幾人ものヒゲダンディをハイペースで地獄送りにしている。あ、またミスった。


「うん、それは大丈夫。でも……この世界には、人族以外にこんな姿をした種族がいるってこと?」

「いいや、あくまでバーチャルYouTuberとはバーチャル、つまり仮想の存在さ。言ってしまえばロールプレイってやつで、たとえるならそうだな……超高性能な人形を使った人形劇をやってるんだと思ってくれれば分かりやすいんじゃないかな? そんなわけだから、実際にパソコンの前に座って演じているのは人間だよ。」

「ふんふん。」

「……まあ、もしかしたらどこかに本物が混じってるかもしれないけどね。」


 冗談めかしてくすくすと笑う。目の前に本物の犬耳の王子さまがいるのだから、もしかしたらどこかに"本物"がいたとしても不思議じゃないよね。


「ってことは、えっと……この画面で動いているお化けみたいな子……あばたーだっけ? それを人間がどうにかして操作して動かしてるってことなんだ。」

「ああ、その通りだよ。このアバターは現実の姿とリンクした表情や動作をしてくれる仕組みになっているんだ。これを使えば誰でも自分のことを世界中の人に見てもらうことができるし、実際に職業にしている人だっているのさ。」


 実は配信をするだけならバーチャルYouTuberにこだわる必要はないんだけども、流石にライカの立派な犬耳や犬尻尾を全世界に配信するわけにはいかない。異世界から来たという素性を隠して活動するならば、必然的にバーチャルYouTuberで、ということになる。

 話しながらもライカはYouTubeをじーっと見つめている。パソコンの物珍しさもあるのかもしれないが、その表情からは純粋な好奇心が溢れ出している。


「どうだい、なかなか面白そうだろい? それとも……あんまり気を引かれなかった?」

「えぅ、そんなことはないんだけど、でも……ぼく、人前で話したりしたこともないし……それに。」


 ライカはもじもじと、言葉を濁している。


「それに、なんだい?」


 そして、ぽつりと呟いた。


「……こんな声、父さまにも、兄弟たちにも、女みたいで情けないって言われたぼくの声。きっとまた、いじめられたり、誰も見てくれないんじゃないかって……。」

「ライカ……。」


 ライカがもといた世界で過ごしてきた日々は、私の想像以上につらく苦しい日々だったんだろう。自分の気持ちを飲み込んで、したいこともガマンして。それでも周囲からは冷たい目で見られて。

 ライカと過ごした時間はまだわずかだけど、この子はそんな目にあうような悪い子じゃないって私は確信してる。私と出会ったからには、私のところに来てくれたからには、もう。


「そんなこと、絶対にない!」

「は、ぇ?!」


 思わず熱が入り、ライカの肩を掴んでしまう。


「ライカの声を初めて聴いたとき、私はなんていうか……そう、雷に打たれたみたいな衝撃が走ったんだよ。可愛くて安心感があって、それでいて凛とした少年っぽさもあって、それでいて耳にすっと入ってくるって、これはもうきみだけの武器だよ……! ライカにはバーチャルYouTuberの世界で輝く才能があるって、私は確信してるんだ! 」

「……え。ぼくの、声? ぼくの声が……武器になる、そんな世界があるの?」


 私はまっすぐにライカを見つめて、ゆっくりと頷く。


「うん、もちろん。でもね、それだけじゃない。バーチャルYouTuberの魅力ってね、私は"不完全さギャップ"にあると考えてるんだよ。」

「ぎゃっぷ……?」

「ライカはもといた世界で、体が生まれつき小さくって人に認めてもらえない、とてもつらい経験してきたんだよね。なんて、出会ったばっかの私が何を偉そうにって感じだけど……。そんな悔しい、悲しい経験を抱えて、同じような目にあって胸の中にぽっかりと穴が開いた思いをしてる人ってこの世界にはいっぱいいて……でも、ライカならそんな人たちの痛みを分かってあげることができる、私はそう感じたんだ。」


 ライカの肩がぴくりと動く。なにか心に触れるものがあったのかもしれない。


「そんなライカだから、まわりの人たちは自分の願いを重ねたくなる。ライカの中に開いた穴が埋まる日を夢見て、応援したいって思うんだ。」

「応援したい……。ぼくのことを……?」


 ライカは私の言葉を噛みしめるように、ゆっくりと繰り返す。

 なんだか私まで自分の目頭が熱くなってくるのを感じる。思えば私の人生もつまづいてばかりで、順風満帆じゃなかったもんなあ。ライカに願いを託そうとしているのは、他ならない私自身なのかもしれない。


「―なんて、あはは、いろいろ理屈を並べてみたけど、結局のところ……私が一番願っていることは。ライカに笑っていてほしいって、それだけなんだ。」


 私は照れを隠すようにわざとらしく笑って、言葉を続ける。


「この世界では、ライカがやりたいことをいっぱいしよう。誰かの目を気にしてガマンする必要なんてないんだ。だから……ね、ライカがバーチャルYouTuberをやりたいと思うなら、やろう。もしやりたくないなら、他に楽しいことを探してあげたい。選ぶのはライカ、君自身だよ。」

「千晴……。いいの? 本当に、ぼくが選んでいいの?」


 答える代わりに、ぎゅっと抱きしめる。小さな体が腕の中にすっぽりと埋まり、鼓動や息遣いまで感じる。

 この小さな存在を守ってあげたい。幸せにしたい。胸のうちにある思いが溢れてくる。自分でも照れくさいことを言ってるとは思うけれど、嘘偽りのないまっすぐな気持ちなんだ。

 なんたってライカこそが、いまの私にとって推すべき存在なんだから。


「うん、ぼく……ぼく、やってみたい、バーチャルYouTuber!」


 その声が震えていたけれど、それはきっと悲しいからじゃなくて。その横顔からは、初めて自分の進む道を自分の手で選択したことへの嬉しさが伝わってくるようだった。

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