⑥楽しいお風呂の時間だよ
「……なになに、異世界転移魔法の付与効果だって?」
ライカの身の上について教えてもらった私は、気になっていた"異世界から来たばかりのライカが日本語を話せる理由"についても尋ねてみることにした。
ラノベとかマンガを読んでて昔から疑問に思ってたんだよね、異世界から転生してきた主人公がすぐに現地の言葉を喋れるって、なんかご都合主義すぎない? ってさ。
「うん、魔法で転移しても、その先がまともに生活できる世界だとは限らないでしょ? だから異世界転移魔法には、重力とか気温とかが違う世界でもへーきなようにとか、病気にかからないようにとか、言語で困らないようにとか、そういう効果が全部あるんだって。」
ライカもだいぶ落ち着いた様子で、床にぺたんと腰を下ろし、その尻尾は上機嫌そうにゆらゆらと揺れている。うぅ、もふもふしたいという誘惑にかられそうだぞ。
「なんていうか、もはやチートじみてるじゃないか……って、魔法なんてものがある時点で、ヤボなつっこみだったね。」
「で、えーっと……チハル、だよね。チハルがさっき聞いてきた、ぼくがこの世界の言葉を話せる理由もその魔法の効果なんだ。」
「そうそう、私の名前はチハル。海渡千晴(みわたり ちはる)だよ。……ん? じゃあもしかして、ライカもなにか魔法が使えたりとかって……。」
ライカはぷるぷると首を横に振る。
「魔法が使えるかはぜんぶ血統で決まってるって父さまが言ってた。だからシンラ王国でも本当に数人しか使えなかったの。」
「なるほど、理解した。とはいえ、こうして話が通じてるだけでも十分ありがたいかな。」
長年疑問だった異世界転生モノの秘密が分かってスッキリしたそのとき、お風呂の湯沸かし器のアラームが鳴った。
「っと。ライカ、食事の後片付けは私に任せて、一つ風呂にでも入ってさっぱりしてくるといい。湯がちょうど沸いたところだからね。」
「……え?」
予想もしてなかった、という表情でライカはきょとんとした表情をしている。
「そんな迷惑かけるわけにいかないってば!? ご飯をごちそうになったばっかりだし、そもそも会ったばっかりなのにっ……。」
「迷惑なことなんて何もない、私にとっての推し活なんだよ、これは。」
「お、おし……かつ? どういうこと、それ? もしかしてぼくを育てて、大きくなったら頭からガブっといくつもり!?」
「ほう、その類の寓話は異世界にもあるのか。一つ知見を得たね。……って、そんなことはしないとも。推し活とはいわば、宗教というか、生き様というか……いや、こっちの気分の問題さ。ともかく、まずは汗を流してリフレッシュするといい、それにいつまでもそんなボロ布をまとったままでいるわけにもいかないだろう。」
「まぁ、そう言われたらそうなんだけど……。」
(~ 少年入浴中 ~)
もちろん良識ある社会人として、覗いたりしない程度の節度はあるからね。読者諸兄におかれましてもどうぞご心配なく。せいぜい「いや失敬、ボディソープは切らしてなかったかい?」と一度戸を開けるくらいに程度に留めておいたとも。いや、これは私が普段あまり風呂に入らないから、純粋に心配だっただけでね? ひとえに純度100%の親切心から来る行為なので完全に合法的である。
あとライカってばふさふさで立派な尻尾は生えてるけど……こほん、これ以上はやめておこう、彼の名誉のために。
「ね、ねえ……着替えのコレって、着方はこれで合ってるの?」
石鹸のいい匂いを漂わせて、ライカが脱衣所から姿を現した。髪と犬耳をバスタオルで拭い、全身からほかほかの湯気が立ち上っている。その服装はというと……腰に大きなリボンのついた白いワンピースである。その出で立ちはまさに清楚系美少女(♂)と呼ぶにふさわしい。ちなみにこのワンピース、当然ながら私の私物である。女物とはいえ、ライカにはやや大きいサイズのようでいろいろなところの布地がぶかぶかと余っている。
なんで女装させてるのかって? いや、これは仕方のないことなんだよ。普通の服ではあのもふもふの尻尾を出す隙間がないけど、ワンピースなら服の中に収納できるだろう? 居心地良く過ごしてもらうための配慮なのでなんの問題もない。
「うむ、良く似合っているとも。実に可愛らしいよ、ライカくん。」
「か、可愛いって……。ぼく、男なんだけど……。」
「もといた世界ではどうだったか知らないけれど、ここでは可愛さは最大の武器だとも。胸をはって誇るべきさ。」
ぐっとサムズアップし、これ以上ない笑顔で応えながらも、心の中で開催中の感謝の正拳突き祭りが止むことはない。神よ……。感謝します……。今日ここで彼という存在に出会うため、私は生まれてきたのですね……。はい1万回正拳突き終わりました。
ライカの体格に合わないノースリーブのワンピースは鎖骨どころか胸板の上半分まで露出しており、手を上げれば脇の下はもちろんBの地区さんまで見えてしまうことは容易に想像でき……。あ、見えた! いま見えた! 脳内フォルダに永久保存!! 計画通り……ダメだ、まだ笑うな、堪えろっ……!
「少年用の服も近いうちに買いに行かねばな……。刺激が強すぎる。」
「刺激って何の話?」
「ムッッッッッ!!」
ライカは背を向け、今度はワンピースの裾から伸びた立派な尻尾の毛並みを整えはじめる。私の服に尻尾を出す穴などもちろん空いているはずもないので、ワンピースの背中部分は大きく尻尾によってまくれあがり、下着が丸見えになってしまっている。
ちなみに下着は(本当に本当に迷ったのだけど)ライカが風呂に入っている間に近所のコンビニに走って、男物のトランクスを買ってきていた。コンビニでなんで下着が売ってるのかずっと不思議に思っていたんだけど、こういうことがあるのかと一人で納得した。
あとレジのおばちゃんに「あらあら仕方ないわねえ」みたいな曇りのない笑顔で袋詰めされた。もうあのコンビニには行かないと固く心に誓ったぞ。
これはライカの気分を害さないためでもあるが、最大の理由は辛うじて残されている私の最後の理性を保つだめだ。推しが女物の(しかも自分の)下着を履いて照れている姿を直視してしまったら、人の形を保っていられる自信がない。いや、保てない。魂が完全に濁って魔女にでもなってしまうかもしれない。
「はぁ、はぁ……ひとまず、今日のところはそこのベッドで大船に乗ったつもりで休むといい。私はもうしばらく起きて、しなければいけない作業があるからね。」
「う、うん……。何があったか知らないけどさ、この一瞬で急に疲れてない?」
「はは……まあ体質のようなものさ、お気遣いなく。」
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それから数時間経ち、草木も眠る丑三つ時。部屋の明かりはとっくに消して、ライカは既に私のベッドですやすやと寝息を立てている。「異世界からきた王子さま」という言葉を疑うわけじゃないけど、純真そうな可愛い寝顔はただの子どもにしか見えない。いや、ただの子どもじゃないや。天使かな?
「って、寝顔に見とれてる場合じゃない。作業作業っと……。」
右手にマウス、左手にエナジードリンクを持って秘密の作業を進める。初めて経験するような熱い野望の炎が胸のうちに宿っているのを感じる。震えるぞ、このハート! 私の使命はきっと、この子を推すことだ。
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