月の基にピアノの女性。

taiyou-ikiru

第1話

 今宵月と星の麓で或る女性がピアノを弾いた。自分はそこまでの道のりも脈絡も覚えていなかった。ただ覚えていることは月夜の月光が直に大理石に際立つ深夜のことだった。

 初めはふかふかの高そうな黒い椅子に誰も座らずグランドピアノと共に悲しく添えれていた。舞台が整えられているのに誰も弾いていない哀愁は悉く寂しかった。それも月明りと星夜が輝く夜だったことも補強材料になっている。周りにお客もお人も誰一人と居なかった。実は自分もピアノを弾けるのだ。故にこのまま誰も来なかったら自分が線香を立てるが如くモーツァルトでも一曲弾いてやろうなんて思っていたのだ。しかしその一抹の願望は一直線に折られた。なぜなら舞台裏のカーテンから一人の女性が透明なハイヒールをかつ、かつ、と音を直線に鳴らしピアノの前に来てお辞儀を丁寧にしたからだ。そうして白いワンピースをくるっと返し、ワンピースは白く一瞬脈動したかと思えば座ることで収まった。

 月光の月明りに照らされて。白いワンピースは反射することなく沈み込む。月明りは実は白だった。グランドピアノは優に立ち、威圧に俯瞰している。彼女はゆっくりとピアノのベールを様式美に脱がした。こちらからは見えないのだが恐らく鍵盤を目にしたのであろう。笑うことなく溺水するようにピアノに一瞬もたれかかった。かと思えば上をこう急に向き涙を心で流すように又もたれ掛かった。月は些か大きくなった気がした。大理石の光はより一層際立った気がした。深夜の夜廻り。彼女は一つ指を降ろした。

 曲名はショパンの舟歌だった。ゆっくり縁(へり)に流れる清めた濁流の流れる音楽が耳から思い浮かばれた。彼女はやけに哀しそうな顔で弾いていた。濁流は氾濫した雨の中滞ることなく続いてく。その濁流はいずれ白群(やわらかい青の緑)にぶつかった。大海原に広がる一つの木々の証しに見えた。ゆったりと漂い、彼女は笑った。その微笑に自分は直視できなくて、自分を恨んだ。鬼の能面が固く掘られた僕には幾分か美しすぎた。そして段々海の途切れに近付いて、曲が終わると彼女は僕ににかっと笑い逃げるようにそそくさ逃げてった。

 自分の役割は取られたのだ。

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月の基にピアノの女性。 taiyou-ikiru @nihonnzinnnodareka

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