怪人血風伝

豊中晴丸

第1話

この世界には二種類のヒトがいる。

人間と怪人。

人間ってのは、……これ説明いる?

ほとんど全身ハゲの変な猿で、諸悪の根源。


怪人は異能が使えるヒト。

ホモ・サピエンスじゃないらしい。

アトランティス人の子孫だとか、宇宙人の子孫だとか、色んな説がある。


小学生の頃、怪人の異能を使った犯罪がテレビのニュースで流れていた。

「わぁ〜怖い……。玻璃彦はりひこ、怪人に近寄っちゃダメだよ」

リビングルームでソファに座ってテレビを観ながら、そう言ったのは母。


玻璃彦はりひこというのは俺の名前。


「怪人には異能っていう不思議な力があって、人間は力では勝てないからね」

そう言ったのは父。


「異能ってなんか面白いな。俺、将来は学者になって怪人の研究する!」

これが俺の返事だった。


「えぇ〜!?」

両親は驚愕した。


それからどんな会話をしたのか、よく覚えていない。

だから、これからは高校二年生になった現在の話をする。

学生でゲイだからって、BLみたいな楽しい青春があるわけじゃない。

好みのタイプの男との出会いが無いから、恋愛なんか始まってないわけ。


学校で足の裏みたいな顔した同級生の男子に女子がかわいいとか、女子の服や仕草にグッとくるとかそんな話をされても全く興味無いし退屈だ。

少年漫画ではゲイの主人公を見たことが無いってことに気がついてムカついてきて、いつのまにか少年漫画雑誌を読まなくなった。

かっこいいと思った歌の歌詞をよく聴いたら「彼女」ってワードが出てきて萎えたりもした。


大きな不幸は無いけど、実にパッとしない、どどめ色の青春を過ごしていた。


そこで思いついたのが神頼みである。

非科学的だけど、ご縁のことは科学的な解決策が無いんだから仕方ない。

神社に参拝して、良縁成就のお守りを買うことにした。

四月、新学期が始まったばかりの土曜日の夕方という変なタイミングで、近所の神社には俺以外の参拝客はいなかった。

静まり返った神社は、出会いが無いことで参拝するのが申し訳なく感じられるほど荘厳な雰囲気だった。


ちなみに縁結びのお守りとの違いは、

良縁成就=出会い探し。

縁結び=片想いを両想いにする。

ってことらしい。

将来の夢のために学業成就のお守りも買っておいた。


帰り道は夕焼け空をカラスが鳴きながら飛んでいて、春なのに冷たい風が吹いて肌寒い。

早く帰ろう。

そう思った瞬間、甘い花の香りがフワッと漂ってきた。

薔薇の香りだろうか。

気にしないで歩いていると、薔薇の香りがだんだんと強くなってきた。

俺以外の足音が聞こえる。

振り返るとそこに立っていたのは……首から下はクラシカルなブラウスとスカートの女性だけど、問題は首から上だった。

巨大な青い薔薇の花がついていて、人間の顔ではなかった。異形頭ってやつだ。

怪人だろうか?

怪人には人間と見分けがつかない者もいれば、このように人間離れした姿の者もいるらしい。

青薔薇の女がどんどん近づいてきて、視界が薔薇だけになった瞬間に俺は気を失ってしまった。


目が覚めると、見知らぬ建物の一室の椅子に俺の体が拘束されていた。

壁も灰色、床も灰色で窓が無い殺風景な部屋のど真ん中に、拘束椅子がポツンと置いてある。他に家具は何も無い。

椅子の向かい側にドアがあるだけ。


大変なことになってしまった。

怪人に拉致された。

とんでもない犯罪に巻き込まれた。

だからって、パニックを起こしたり叫んだりするのはかえって危険だ。


冷静になって拘束された自分の体を観察してみる。

胴体や手足のベルトはガチガチに固定されていて、ちょっとやそっとでは外れそうにない。

俺が帰って来なければ家族が警察に通報するはず。

ここでじっとして、救助を待つしかないのか。


今の状況にはまるで現実味が無いけど、紛れもない現実。

毎日同じことの繰り返しで、当たり前の退屈な日常なんて、一瞬で消し飛ぶものなんだってことを実感した。


そんなことを考えていると、ガチャッと音を立てて椅子の向かい側のドアが開いた。


部屋に入ってきたのは、白衣を着た少年だった。

白いキッチンワゴンのような物を押しながら歩いてきて、椅子の隣でワゴンを止めた。

ワゴンの中には注射器が入っていた。

これは嫌な予感がしてきた。どう考えてもこれから変なものを注射される展開しか思い浮かばない。


「起きていたのか」


話しかけるというよりは、独り言のように少年は冷たい声色で呟いた。


俺は少年の顔を見上げて驚いた。

この絶体絶命の状況でこんなことを思うのもおかしな話だけど、少年は超イケメンだったのだ。


パーマがかかった派手な青緑色の髪で、日本人と外国人の中間の顔立ちで、瞳は琥珀色のようなオレンジ系の鮮やかな色に見える。

小柄というほどではないが、あまり背は高くない感じで細身だ。そして服装は白衣。

年齢は俺と同年代っぽいけど、どう見ても普通の少年ではない。


状況を整理して考えてみると、あの青薔薇の女が俺を気絶させ、拉致してここに連れて来た。

少年は女の仲間で、犯罪者で、たぶん怪人ではないだろうか?

俺はこんな状況の出会いを神社に願ったわけではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る