見つけた

第5話 セイ

夜の帳が下りる頃。

湯から上がったユウは、窓際の椅子に腰を下ろして外を眺めていた。


「ふああ、いい湯だった〜……。それにしても、今日も平和だったな〜」


街はすっかり静まり返り、外を歩く人の姿もない。

そんな中、ふと──森の奥の方に、ちらりと何かが動いた気がした。


「……ん?」


目を細めて、暗がりの向こうをじっと見る。


人影。

揺らめく銀色の髪。

何かに追われているようにも、導かれているようにも見える足取り。


「──あらあら。なんだか、面白い予感」


口元を緩めて笑い、ユウは窓から離れた。



【翌朝】


森の中は、しっとりと朝露に濡れていた。

小鳥のさえずりを聞きながら、ユウは静かに歩く。


「さてさて、昨日の謎のイケメンくんはどこに転がってるかな〜」


そして、見つけた。

倒れている少年。

その髪は銀色に光り、顔立ちは整っているが、どこか血の気が引いていた。


「ほんとにいた。──うーん、こうなると、運命ってやつかしら?」


ひょいっと抱き上げると、その身体は想像以上に軽かった。



【宿の一室】


やわらかな朝の日差しが差し込む中──


セイがゆっくりとまぶたを開ける。


すると──すぐ目の前には、見知らぬ女性の顔があった。

やけに整った笑顔。頬杖をつきながら、彼女は言った。


「やっとお目覚めかい? お姉さんのひざまくらはどうだった?」


セイの頭は、確かにふかふかとした太ももの上。

ぴくりと身体が跳ねた。


「え、えっ……!? ここ……どこ……?」


「ふふふ、混乱してる顔って、やっぱり可愛い〜。でも大丈夫、安心していいわよ。ここは宿。昨日あなたが森で寝てたから、お姉さんが拾ってあげたの」


セイは目をぱちくりさせながら、身を起こそうとする。

ユウがさっと手を添えて支える。


「無理に動かなくていいってば。まだ熱あるし。──名前は? 言える?」


セイは、しばらく黙ってから、首を振る。


「……わかりません。僕……何も、思い出せない……」


ユウの表情に、かすかな驚きと、すぐに切り替わった好奇心が浮かんだ。


「記憶喪失、ねぇ。ふぅん……」


「お姉さん、そういうの、結構好きよ? あんた、いったい何者なのかしらね──ふふっ」



「うーん、じゃあ名前もないの? まったく困っちゃうわねぇ……」


ユウはセイの隣に腰を下ろし、顔を覗き込む。


「仮に“イケメンくん”って呼ぶのも悪くないけど……さすがに失礼か。じゃあ、適当に名前つけよっか?」


セイは少し困ったように目を伏せながら、頷く。


「……はい。お願いします」


「ふふっ、素直でよろしい! じゃあ……そうね。“セイ”ってのはどう?」


「セイ……?」


「静かそうな雰囲気だし、精霊とか聖者とか、神聖なものっぽい感じもあるし。あと、呼びやすいしね。気に入らなかったら、後で変更もOKよん」


セイは、少し考えてから、微かに笑った。


「……ありがとうございます。“セイ”、気に入りました」


その笑顔に、ユウの眉がわずかに動く。


──なんだろう、この子。

あんまり人間っぽくない。

儚いような、それでいて芯に何かを隠してるような……


でも、それ以上に。

どこか、懐かしいような気がする。


「よし、それじゃ決まり! あらためて──はじめまして、セイ。お姉さんはユウ。旅の語り部で、勇者マニア。よろしくね〜!」


セイはゆっくりと手を差し出す。


「ユウさん……ありがとうございます」


ユウも手を握り返す。


──その瞬間、ぴりっと空気が揺れた。


「……あら?」


手のひらに感じた、確かな“力”の気配。

並の人間じゃありえない、濃い魔力。


「セイ、あんたさ……」


「……?」


「なんか、すっごい力持ってない?」


セイは首をかしげる。


「僕……わかりません。でも……」


右手を見つめながら、ぽつりと呟く。


「何か、大事なものを、ずっと……守らなきゃいけなかった気がします」


その言葉に、ユウの表情が曇る。


「……そっか。そっかそっか……あんたも、何か背負ってんだねぇ」


しばらくの沈黙。

ユウは少し笑って立ち上がる。


「じゃ、とりあえず──」


「?」


「セイ、あんた、お姉さんと一緒に旅しない?」


「え……?」


「自分を思い出すきっかけになるかもしれないし、なによりお姉さん一人旅はちょーっと退屈してきたとこだったのよ。ちょうどいいでしょ?」


セイは迷ったように視線を落とし、それからゆっくりと、真っ直ぐユウを見た。


「……はい。よろしくお願いします、ユウさん」


ユウは満足げに微笑む。


「よーし、じゃあ新しい冒険のはじまりだ〜っ!」

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