天津甕星(アマツミカボシ)【カクヨムコン11長編】
黒冬如庵
第一部:戦雲
第一話 予兆①
帝国暦1014年10月11日夕刻
帝国街道監視所
フジシマ軍第三偵察小隊 ゴンザ・イクサベ少尉
燃え落ちるような夕日が西の地平に溶け込もうとしている。
東西に長く伸びる街道にも闇が迫っていた。
帝国街道━古くから軍用に整備された頑丈な石畳の道路である。
要地同士を結ぶため、この街道は実に多くの戦いを眺めて来た。
敵も味方も商人も、良いことも悪いことも、疫病や噂さえもがこの街道を行き交う。まさに帝国の大動脈といえる。
故に、この街道を握ることは大きな意味を持つ。
人の出入り、物資の流れ、新たな技術。それらに付随する莫大な利益。
そして、富が生まれるのならそれを奪おうとする者が現れるのも、人間の世というものだろう。
「少尉どのォ、ご注進、ご注進!」
物見に出していたヨロクが戻ってきたようだ。
声が妙に上ずっていやがるな。
あいつがこんな調子になるのは、よほどのことがあった時だけだ。
俺の背筋を嫌な汗が冷たく流れ落ちた。
「おう、ヨロク、どうした。魔物にでも出くわしたか?」
ヨロクは古参の兵だ。俺が意識して軽口を叩くと、すぐにきまり悪そうな顔になった。
「少尉殿、すんません、慌てちまいました」
「かまわん、話せ」
ヨロクは真顔になり、報告を始める。
「紋と旗を確認しやした。バルク騎士爵です。シンウィの食い詰めでさぁ。連中、また腹を減らして芋泥棒ですな。ただ、ちと数が多いっす。粗々で八百。装備が違うのが二百ほど混じってやす。こっちはバミ公ですかね」
バミ公?バーミステラ辺境伯家が動いている?
近隣の領主の動きや噂を集めるために、鼻薬を嗅がせた行商人たちからシンウィ子爵家の動きがおかしいという知らせはあった。
あそこは、なにかと難癖をつけては小競り合いを仕掛けてくるから不思議ではないんだが、大身の辺境伯家が直接仕掛けて来るとなると、一気にきな臭くなる。
辺境伯の殿様、陰謀大好きな陰険ジジイだからな。
だが、わざわざシンウィごときに正規兵を紛れ込ませる理由はなんだ?
行商人たちから聞いた限りじゃ、バーミステラも凶作が続いているのでおいそれとは兵を動かせないはずだ。
これが本格的な侵攻の前触れなら…。
「確かか?」
シンウィ兵にバーミステラの兵が混じっているとの報告に、思わず聞き返す。
「十中八までは。紋は隠していやがりましたが、あの鎧や兜の形はバミ公の正規軍支給品でさあ」
断定はできんか。やむをえんな。
それにしても枝や草をこんもり生やした物見用の外套は役に立つな。情報の精度が随分良くなった。最初はなんて珍妙なものよこしやがると思ったが。
「ヨロク、よう見た!下がって良いぞ」
大げさに褒めて下がらせて、他の物見兵の報告を待つ。
こいつは少々面倒なことになるかもしれんな。
なにはともあれ、もう少し情報がいる。
正確な情報は値千金。それがお館様のお考えだ。
実際、うまいことやってお館様から褒美をもらった偵察兵もいる。
なかなか結構な褒美だったらしい。
うちは交易で稼いでる上、お館様は気前がいい。
銭が入れば、馴染の小料理屋の女将にいい顔もできるってもんだ。
細大漏らさず、しっかりと大隊長殿に報告せんとな。
◆◆◆
帝国暦1014年10月11日夕刻
帝国街道
シンウィ軍蛮夷懲罰隊長 ジョヨン・バルク騎士爵
街道を黙々と進んでいく人の群れが見える。
統制がとれた隊列もあれば、ばらばらで足取りの重い連中もいる。
動きが悪いのは、装備からすると農民どもだろう。
あやつらは、所詮農民。
此度の戦の意味を全く分かっとらんのだろうな。
フジシマがこのまま街道でのさばり続ければ、我らシンウィにどれほどの仇をなすことか。
金も物資も皆あの野蛮人が差配しよる。
商人共は珍しい文物を携え、こぞって彼奴を訪う。それなのに我が領を訪おうとはせぬ。つまりは下に見ておるということ。我らをじゃ。
誇りある我々が彼奴らの下風に立つことなどあってはならんのだ。
もし、息子たちが奴の門前に馬を繋ぐことになったら……。
「農民どもを急がせい!日が暮れるぞ」
近くにいた小姓に一鞭くれてやる。
短い悲鳴を上げ、大げさに倒れた小姓は、のろのろ起き上がる。
おびえた顔を向けたあと、ようやく礼をとり農民どもに向かって行く。
どいつもこいつも全くもってなっとらん。はらわたが煮えくりかえる思いぞ。
農民どもは、口を開けば”腹が減った”だの”もう動けない”だの泣き言ばかり。
せっかく子爵様が食料や金を得る機会を与えて下さったというに、なんと心得ているのか。
しかも、此度は二百もの兵を貸し与えてくださった。
ただ、この者たちは見覚えのない顔ばかりじゃ。
子爵様からはあまり矢面に立たせるなとご命令を頂いておる。
傭兵にしては装備が整っておる故、あるいはとも思うのじゃが下手に藪をつついてもな。
信を頂けぬ、というのも腹立たしいことよ。
腹が立つといえば、身の程を知らぬ蛮夷どもだ。
我が一族は、出自を辿れば半万年遡れる名家であり、辺境伯家と並んで帝国創建以来続く家柄である。もちろん我もその一員だ。
その我らが、下賤なフジシマに食料や金を提供する機会を与えてやったというに、あろうことか鼻で笑いおった。
我らとの商いで命を繋いできおったくせに、礼儀もなければ恩も知らぬ。まさに禽獣のような輩よ。
思い起こせば、さらに怒りがこみ上げてくる。憤懣やる方ないわ。
このいらだちは、蛮夷どもの村に叩きつけるしかあるまい。
「全軍、さらに速度をあげよ。速やかに蛮夷を成敗するのじゃ!」
明日は、あやつらの村を焼いて暖を取るとするか。
三年越しの凶作じゃ。領民どもにも食わせてやらねばな。
そうじゃ、息子たちにも土産をやらねばな。
村を焼く前に女どもは集めておくとしよう。
手に入る女や金のことを考えると、少しいい気分になれた。
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