第26話 女神

 リリスは急速反転をすると、今度は逆にハーデスとの間合いを詰める。




『お前は何の為に戦う! 金か? 名誉か? それとも……』




 リリスはリョウが放つ射撃をギリギリの位置で回避しながら、アルテミスがハーデスの背後をとる。そして、勢いよく機体をハーデスに密着させ、零点射撃を行う。




『グアァッ!』


「誇りの為よ。そして、生まれ育ったフォボスの為」




 リョウの苦痛の声を聞きながら、リリスは静かに呟く。




『地球に捨てられ!』




――でも、私は見捨てない。




 突き出される左腕をリリスは受け流すと、再び機体を密着させる。




『反逆者の汚名を被り!』




――そんな物は『私』には意味さえ持たない。




 アルテミスのレールガンが、ハーデスの至近距離で火を吹く。




『それでもなお!』


「だから、何?」




 苦悶とも取れる声を聞きながら、リリスは小さく呟いた。




『地球連邦軍の為に戦うと言うのか!』




 リョウの言葉に、リリスはそれが相手には見えないと知りながら、首を横に振った。




「……そんな事は『私』に関係はない」


『何!?』




 リリスの哀しみに満ちた声にリョウが叫んだ。




「今、私は本当に辛い! 本当は、あんたとは戦いたくなんて無い! すぐにでも、ここから逃げ出したい! どこかに消えてしまいたい!」




 叫ぶ度に射撃がハーデスに向かって放たれる。




『貴様は!』


「でも、私は逃げない!」




 今度はヒートダガーを投げつける。それを何の苦もなくハーデスは避ける。




「私には支えてくれる人たちがいる! その『想い』に応える為に!」




 リリスは声を跳ね上げながらコントロールパネルを叩く。同時にハーデスに背後からの打撃が入る。




『な、に!?』




 気付けば、先程避けた筈のヒートダガーが背中に刺さっている。その一瞬さえ逃さずにロングライフルからの射撃が入る。




『グウゥ!』


「そして『私の後ろ』には、逃げたいと思っても逃げられない、戦う術さえも持たない人たちがたくさんいる!」




 幾つものヒートダガーがアルテミスから投擲される。




「だから、今、戦う事の出来る『私』が逃げる訳にはいかない!」




――死んでも、逃げる訳にはいかない。




 リリスは心の中でそう付け加えると、ヒートランスを突き出す。それをハーデスは余裕さえ感じさせる動きで避ける。




『黙れ! 貴様の言う事は弱者の世迷言だ! この世は強い者が生き残る! 弱い者は自然と淘汰される! 俺は人間を! 全ての生物を! 自然の摂理のまま淘汰する!』




 リョウの叫びがリリスの心に突き刺さる。




「リョウ……可哀そうな人……」




 リリスのアルテミスからの射撃が何度となく、リョウのハーデスを捉え、接近戦に持ち込まれる度に、苦手であった筈のリリスのアルテミスがハーデスの攻撃に対応する。




『腕をあげたなぁ、リリス! よもや、俺に対応出来るほどに、接近戦が出来るようになるとは思わなかったぞ!』


「違うわ」




 リョウの『狂気』と『狂喜』に満ち溢れた声にリリスは小さく、そして静かに答えた。




「これはみんなが私に託してくれた物。私の弱点を克服する為に、作ってくれた近接戦闘用データ。でも、あんたとは『決定的に』違うものがある!」




 距離が離れると、今度は複数の銃火器が光を放つ。




『その程度の射撃は効かんと言った!』


「……爆破タイミング設定変更」




 着弾する直前に歪曲空間を展開するハーデスに、リリスはコントロールパネルを叩く。




『ガァァ!』




 展開された空間に触れる直前に爆発する物。その爆炎に隠れて更に奥から伸びる光。それがハーデスの装甲を直接叩いた。




「支えてくれる人もいない。守る物もない。そんなあんたが私に勝てる訳が無い!」




 一気に間合いを詰めるアルテミスに、爆炎の奥から伸びる何かがあった。




「クッ!?」


『遅い!』




 瞬間的に回避を試みるアルテミスの右腕に衝撃が走る。爆炎が晴れたそこには、真っ直ぐとヒートランスを突き出すハーデスの姿があった。




「右腕強制パージ。二秒後に自爆」




 リリスがコントロールパネルを叩くのと同時にアルテミスの右腕が外れ、勢いよく反転するアルテミスの背後で大きな爆発が起きる。




「……さすがに頑丈ね」




 再び爆炎に呑み込まれるハーデスに向かって、リリスは唸る。




『貴様ぁ!』


「わかったわ、リョウ……。死ぬまで『躍らせてあげる』わ!」




 リリスは、爆炎の向こう側で、自分の放った言葉に『リョウ』が息を呑む様に見えた。




「忘れたとは言わせない。この言葉を言わせて、その通りにならなかった相手はいない」




――たった一人を除いて。




 リリスは自分に新しい力を与えてくれた、親友の顔を僅かに思い出す。




――そして、私が命を奪う事を宣言した事は無い。




『出来るものならばな!』




 爆炎の中から現れたハーデスは、左腕の半分を失っている。




「残った四肢は右足のみ。あんたに有効な打撃を出せるの?」


『四肢を失ったのならば、空間を展開して直接当てればいい事だ!』


「それに思い至らない、私だと思っているの?」




 リリスは再び弾幕を張り、今度は自分から爆炎の中に飛び込む。




『な、に……!?』


「でぇい!」




 リリスのアルテミスから白刃が閃く。




「私から近付けば、あんたは接近戦を『考えて』しまい、空間展開が出来なくなる」


『リリス!』




 焦りに滲む声に、リリスの瞳が鋭い光を放つ。




「いくら空間を展開して打撃を与えると言っても、ある程度の『助走』が必要になる。距離が詰まれば『助走』が出来ない」




 静かな声がリリスの口から発せられる。




「パイロットの『考え』を、そのまま機体に反映してしまう『ダイレクトリンクシステム』の最大の長所にして、最大の欠点よ」




 リリスはそう言いながら、コントロールパネルを叩き、何度となく空を切るヒートソードを振るい続ける。




「そして『切り札』であるケルベロスキャノンは、この至近距離では致命的な隙になる!」




 今までとは逆に、距離を開けようとするリョウのハーデスに、リリスのアルテミスがそれをさせない。




『貴様……!』


「無駄よ、リョウ! 旋回性能こそハーデスに劣るかもしれないけど、このアルテミスが直線加速で劣ると思っていない!」




 遂にアルテミスのヒートソードが、ハーデスの右足首を捉える。




「たった一人の『狂気』と!」




 ヒートソードを振り抜きながら、リリスは叫んだ。




「たった一人になってしまった『逆恨み』が!」




 更にもう一振り。今度は右の大腿部に当たる。




「多くの人の想いと祈りが込められた、この『アルテミス』に!」




 確実にハーデスの右足部位が切り落とされる。同時にヒートソードが、半ばから折れる。それをハーデスに向かって投げつけると、そのまま武装を換装し、ヒートソードの底を銃撃で叩く。急加速された剣が、回避する時間も与えずにハーデスの腰に突き刺さる。




「そして、今の『私』に勝てると思うなぁ!」




 それはリリスの魂の叫びだった。そして、その真紅の姿は全銀河系の人間に『女神』さえをも彷彿させるに等しい物だった。


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