第25話 決戦の地へ

 太陽系外周部。そこに黒い影が躍る。その影から『何か』が走る度に、大きな爆炎が真空を鮮やかに染める。




――憎い!




 リョウは自分に捨て身で飛び込んでくるHATを叩き落とすと、大きく叫んだ。




――俺をこの身体にした男が!




 再び、ハーデスの胸甲が開く。




――このきっかけを作ったやつらが!




 そして黒い奔流が走る。今度は全ての爆炎が漆黒の闇に呑み込まれるように消える。




――そして、命ある全てが!




 魂の叫びを代弁するかのように、爆炎が広がっては収束する様に虚空に消えていく。




――そうだ、全てが!




 地球連邦軍が冥王星群軌道上に配置した艦隊の五割近くを消し去ろうとも。そこに付け入ろうとして進軍を始めるシリウス連合軍の艦隊の六割以上を消滅させようとも。消えうせる事無く、一つの『感情』だけが異常なまでに増大していく。




――俺は貴様らを憎む!




 かつて、子供の頃に見た、機械生命体たちが無作為に人間たちを『虐殺』していくアニメーション。その頃は機械生命体を憎くさえ思った。だが『今』は違う。




――憎い!




 もう一度叫んだ。




――そうだ、あの時の機械生命体たちの感情は『これ』だったのだ!




 いつの間にか増大していった『感情』は、その捌け口を失いつつあった。




――死ぬ事で安らぎを得る事のできる貴様たちを、俺は憎む!




 その憎悪に満ちた視線の先には、遥か遠くに映る赤い惑星と青い惑星。




――俺は、全てを滅ぼす!




 虚空の中、リョウはもう一度大きく叫んだ。






「キリコ、アルバート、状況報告」




 艦橋で指示を出すフェリアシルにキリコが暗い表情を出す。




「かなり悪い報告です。たった今、ハーデスが太陽系外周部の連邦軍艦隊の五割近くを落としました。シリウス連合軍にも甚大な損害が出ており、太陽系侵攻を取りやめるという情報が入っています」




 キリコの代わりにアルバートが答える。




「……連邦軍の方は、残った全艦隊を月軌道上に配置し、最終防衛ラインを引くという情報が入っています」




 キリコが暗い表情で続きを言う。




「それじゃ、火星は?」


「火星駐留艦隊すら呼び戻されているという話なので、丸裸です」




 フェリアシルの質問にアルバートが答える。




「太陽系内の連続ワープまで考慮して、私たちとハーデスのどちらの足が速い?」




 フェリアシルの言葉に慌ててキリコが演算コンピューターに数値を入力する。




「……演算結果出ました。こちらが約一時間遅れます」




 重い口調のキリコに、フェリアシルは静かに回線スイッチを入れる。




「リリス、そっちはどう?」


『聞こえているわ。電磁カタパルトの射出速度を限界値まで上げて、大気圏離脱用のブースターを併用すれば、二十分は短縮できる』




 返ってきた答えにフェリアシルは表情を暗くする。




「それでも、四十分の遅れか……。厳しいわね」




 そこまで言って、不意に思いついた考えを口にする。




「キリコ、電磁カタパルトじゃなくて、レールキャノンの最低出力で射出させた場合はどうなるか、計算できる?」


『無茶言わないでください! そんな事をしたら、いかにアルテミスの衝撃緩和装置Gキャンセラーが優れていても、パイロットが耐えられませんよ!』




 回線の向こう側から聞こえてきたのはリリスではなく、イワンの声だった。




『私なら、大丈夫よ。もし、それをやった場合、どうなの、キリコ?』




 リリスの言葉に再び演算数値を叩き込む。




「……追加で四十分まで短縮可能です。ほぼハーデスと同時に火星圏に到達できますが、パイロットの生命の保証は無し、です」


『わかった。そっちでやるわ』




 キリコの声に全く迷いも無く、リリスは声を出す。




「リリス! 私の話を聞いていないのですか!?」




 悲鳴に近い声をあげるキリコに、リリスは、違うわ、と声を送る。




『今、必要なのは『私の命の保証』じゃない。本当に必要なのは、それ以上の、もっと『大事な物』を守るための『作戦』と『手段』よ。だから、私はフェルの策を迷わずに選ぶ』




 落ち着いた、しかし、強い意志に満ちた声がキリコに返ってきた。




「作業班は、直ちにアルテミスをレールキャノンに装填。最終ワープ終了と同時にアルテミスをレールキャノンにて射出。以降、本艦はアルテミスのバックアップ。あと、戦闘映像は可能な限り全チャンネル周波数で配信」


『なるほど。それがあんたの言っていた『軍法裁判』の対策法の一環なのね?』




 リリスの声にフェリアシルが頷く。




「裁判が行われるであろう場所には、信用できる人たちに隠しマイクやカメラを設置してもらう様に手をまわしておいた」




 いったん呼吸を整えると、続きを口にする。




「あなたの戦闘映像を見れば、あなたが誰の為に、そして、何の為に戦っているのかが伝わる筈。少なくとも、私が考えられる最善と思う方法よ」


『わかった。信じている。でも、危ないから、戦闘中の通信はやめてね』




 リリスの決意に応える様にフェリアシルが指示を出す。




「いい!? これが本艦の最後の作戦よ! 遅れて、火星の人たちに『ごめんなさい』じゃ済まないのよ! 作戦失敗は銀河系全部の危機になる事を考えなさい!」




 フェリアシルの声がユニコーンの艦内に響いた。






 フォボスの上空に突如現れた黒いHATに火星の住人は畏怖を覚えていた。そしてパトロール艇がその排除に失敗し、火星駐留艦隊の姿がないと知った時、火星の人々は自分たちが『切り捨てられた』という事を悟った。総督府がそれを理解し、全面降服の意図を黒いHATに通達しようとした時、黒いHATから強制的に全チャンネル通信が入った。




『滅びろ……。全ての生命は俺の前で枯れ果てるがいい!』




 それは一方的な『死刑宣告』であり、戦う術も求めるべき救援もない火星の住人は、もはや覚悟を決めようとしていた。黒いHATの胸甲が開き、その奥に垣間見る闇を放出しようとした瞬間だった。




「させるかぁ!」




 その目の前を大きな声と一条の光が走り抜けて行った。




『来たか、リリス……。俺に殺されるために!』




 光の放たれた先に視線を向け、機体の向きを変えるよりも早く、真紅の機体がハーデスとフォボスの間に割り込むように飛び込んできた。




「約束通りにね! 全ての決着をつける為に!」




 リリスは叫んだ。そして同時に使い切ったブースターを外し、右手に装備されたビームキャノンから一条の光が伸びる。狙いはつけていない。ただ単純に昔でいうところの、手袋を投げつける行為と同じ物だった。




「あんたは、死んでも『やってはいけない事』をしようとした……」




 静かに、そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。




「あんたは、戦争と関係の無い人たちまで巻き込もうとした……」


『だから、どうだと言うのだ?』




 感情さえも感じられないほどに静かな声が響く。




「戦争は軍人だけで済ませなくてはいけない物。全く関係の無い人を巻き込む事は『戦争』ではなく、ただの『殺戮』に過ぎない……」




――そして『それ』は私が一番嫌う事……。




 リリスは心の中でそう続ける。しかし、返ってきたのは大きな笑いだった。




『当たり前だ! これは『戦争』などではなく『復讐』だ! 俺をこんな身体にしたリチャードも! そのきっかけとなる戦争を仕掛けたシリウスも! 無茶な作戦行動を強いたファウストも! そして死ぬ事で安らぎを得る事の出来る、全ての生物も!』




 リョウが一気にリリスとの間合いを詰める。それに対応するかのように、リリスは急上昇をかける。




『俺にとっては、全てが憎い!』




 牽制で入るアルテミスの射撃を弾きながら、ハーデスが更に踏み込んでいく。




「そんなのは、全て『逆恨み』よ!」


『違うな! 全て正当な『怒り』だ!』




 加速し続けるアルテミスに向かって、ハーデスからの射撃が入る。それをことごとく回避しながら、徐々に間合いを広げる。




『どうした! 逃げるだけでは勝てないぞ!』


「そんな事は先刻承知よ!」




 振り向きざまにロングライフルの射撃。それが頭部に直撃する直前で弾道がずれる。




『そんな攻撃など!』


「あんたは間違っている! なぜ、それに気付かない!」




 かつて『クリムゾン・エッジ』と呼ばれた二人の激情がぶつかり合った。






 その一部始終が銀河系全土に向けて中継されていた。火星の住人は突如現れた真紅のHATを救世主と信じ、祈るような気持ちで応援を送っていた。


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