ラストの一文がとても味わい深いです。穴に落ちているのは翡翠の石なのに、なんだかそちらに意思が宿っているみたいです。さらに「空蝉」という言葉を使ったことでいろんな意味を推しはかれます。蝉の一生なんて、人間からしてみればごくわずかです。きっと人間が一生に見る夢より短いでしょう。途中で夢から目覚めたりせずに、蝉のままでいればまだましだったのに。
このレビューは小説のネタバレを含みます。全文を読む(337文字)
美術館に収蔵してガラスケースにいれておいてほしいくらい美しい作品を書く作者さんなので、読者の言葉は余計な気がしてしまうのですが、今回は掌編で掌にのせられる細工物という事であえてお目汚しを。迂闊に吐息の曇りや、指紋の後などをつけられないと思うくらい、極まった自身の美しさで屹立している作品です。自分では近寄るのを憚られて、ただ高嶺にあるのを見てその美しさに満足するような。できればこの美しい作品たちが中国の故事にある鐘子期のような深い読み手にたくさん巡り会えたらいいなあ、と願うばかりです。
400字詰め原稿2枚。みっしりとした文字の中に、細やかな、それこそ翡翠の彫刻のような美しさがある作品です。空気や土に籠もったしっとりとした湿気、その水気の粒さえ感じる筆致。魅入ってしまいました。
古き良き日本の夏。蚊帳が吊られた座敷の話。翡翠の蝉に注がれた主人公の視点が、読者のそれと重なったかと思うと、ゆるり、とそれはずれていく。うたた寝の夢のように。夢見ていたのは自分なのか、夢見られたのが自分なのか、意識の境界が冒されていく怪異譚。
このレビューは小説のネタバレを含みます。全文を読む(258文字)
本来ならば恐怖を抱かないといけないのだろうが、あまりの文章の美しさに、恐怖心よりも陶酔が勝った。完成された世界に住まう主人公に羨望を抱かざるを得ない。夢心地なこの作品内に私も潜り込みたい、と強く思った。不条理文学的なストーリーと日本の幻想文学の美麗な文章が綺麗に組み合わさると、こんな魔性の作品が出来上がるのかと思った。