夏の動悸
紙の妖精さん
PROLOGUE
朝がまだ白く淡く冷たい色をしている時間、校舎の片隅にある道場は、ほとんど物音ひとつしない。磨かれた木の床がわずかに冷気を反射し、空気にはわずかな埃の匂いが漂っている。板張りの壁に沿って木刀や竹刀が整然と並べられており、正面の掛け軸には墨で「静中の動」とだけ書かれている。天井から吊るされた蛍光灯はまだ点灯されておらず、窓から射し込む斜めの朝日だけが畳の端を淡く照らしていた。窓の外から聞こえるのは、まだ遠くを掃除している生徒たちの靴音。室内の温度は低く、道場全体にある種の緊張感が薄く漂っている。
その中央、正座した一人の少女がいた。制服の上に羽織った柔らかなグレーのカーディガン、その胸元で揺れる小さな家紋の刺繍。肩にかかるほどの黒髪は細くまっすぐで、後ろで軽く一つに結ばれている。顔は整っていて、表情には無駄な力がなく、ただ静かにそこに在る。目元には銀縁の丸い眼鏡。伊達ではあるが、彼女はそれを理由もなく常につけている。レンズの奥の目は伏せられていて、長い睫毛が頬に影を落としていた。膝の横には木刀が置かれており、彼女は時折その鍔に指先を軽く添えるようにして、また静かに手を膝に戻す。その動きには一切のためらいも、誇張もなかった。制服のスカートは座り方によって幾重にも折り重なり、足元の白い靴下と合わせて清潔な印象を与える。髪の毛は、結び目からこぼれた数本が肩にかかっており、それすらも彼女の存在に余分な印象を与えなかった。静寂の中、彼女はただそこに座り、時を受け止めていた。
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