ケ・セラ・セラ
縞間かおる
<これで全部>
妻の前に不倫の証拠写真を並べながら『この調査費用の支払いは済ませたのだろうか? 支払は現金だった?それとも振込?』との疑問や不安が頭を擡げるが『今は離婚の事に集中せねば!!』と自らを叱咤激励し、妻に向かって話を切り出す。
「離婚はしてもらう!! しかし、私はキミからだけでは無く、相手の男に対しても慰謝料を取ろうとは思ってはいない。これはひとえに私が自身の体面を重んじるからだ」
妻は言葉を返す。
「『なぜ、こうなったのか?!』と、理由はお尋ねにならないの?! 私にも言いたい事は山ほどあるし、闘うつもりよ!!」と
私は少しだけ皮肉を混ぜた微笑みで妻を見据え言い放つ。
「闘いにはならんよ!財産もキッチリ2分の1を分け与えるし、私は不貞行為など行ってはいないからな。キミが今後、この写真の男とどうなろうが関知もしない!」
「あなたの仰る事……とても信じられないわ!! “渡りに船”みたいな顔をなさってるもの!!」
妻は勘の鋭い女だ。
だから私は軽くため息を付いて見せる。
「まあ、そんな風に私とは信頼関係が築けないから……キミは不貞を働く訳だ。例えば、私がやった様に人を使って調べさせたとしても……私が不貞を行った証拠など出やしないよ。私がワーカホリックなのはキミが良く知っているだろうに」
そう!私はワーカホリックだった。
私の疾患の原因がそれに関係するのかどうかは分からないが……その疾患の為に私は仕事が出来なくなる……そうなる前に、今抱えている案件は次々と部下へ引継ぎしているのだが……実は妻と別れるより仕事を手放す方が何倍も辛い!!それこそ断腸の思いだ!!
こんな薄情な夫の母親の面倒をずっとみてくれた妻の心情は、壊れつつある私でもまだ察する事ができる。
だからこそ!!今回の不倫騒動は
遠くない未来に……姑以上に手が掛かることになるであろう“この息子”の世話で……妻の人生を食い潰す事はできない!!
妻が出て行ったら母を特養へ入居させ、私はグループホームに入る手筈だ。
この家も売り払えば妻に分与できる金額も増すだろう。
ああ!!若年性認知症で頭脳は腐って行くのに……
へたに頑丈なこの体はいったい何年もってしまうのか??!!
私の人格や記憶が壊れゆく精神的な死と……取り残された虚ろな体がしでかすであろう様々な事に私は恐怖し、それを紛らわせたくて……古い映画で歌われていた歌詞を口ずさむ。
そして今、妻を目の前にしても
私の頭の中は「Will Be」のフレーズを繰り返すのみだ。
ケ・セラ・セラ 縞間かおる @kurosirokaede
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